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 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
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HP・開けてビックリ

 投稿者:石井明雄  投稿日:2021年 7月24日(土)09時56分30秒
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  むさしの山の会の皆様
 在籍中はお世話になりありがとうございました。退会して早くも14年。88歳の足音も近くに聞こえ、足腰の痛みを嘆きながらも、ようやく、老いの心得に目覚め「痛みの基準」を変更。「おい爺さん。痛みがあるのは当たり前」に切り替えて、ずいぶんと気持ちが和らぎました。そんな暮らしの中、何年振りかの「むさしの山の会」のホームページを開いてみました。そこには「往年の開けてがっかり続き」が様変わり、表題の「開けてビックリ」の活動記事があふれていました。現役の皆さんご多忙の中、ホームページ・ブログのメンテナンス。ご苦労が目に浮かび一言投稿させていただきました。創立40周年記念パーテイにご招待して頂いてから7年。50周年記念もあと3年。
 これからもホームページの熱心なフアンにさせて頂きます。酷暑、コロナ疫の中、皆様のご健勝と山の会のご発展を祈念いたします。

at-ishii@

 
 

初音

 投稿者:edwhymper  投稿日:2021年 3月25日(木)19時49分50秒
返信・引用 編集済
  一昨日早朝、知人と京王線高尾山口駅で待ち合わせる。
稲荷山コースを歩き出すとすぐに鶯の鳴き声が聞こえてきた。鳴き方が上手なのでケーブル駅からスピーカーで流しているのかと思ったが、正真正銘の鶯であった。

緊急事態宣言が解除になったこともあって、平日にもかかわらず人が結構出ている。山頂では、二分咲きの桜の下で、幼稚園児たちが楽しそうにお昼を食べていた。

私は東京生まれの東京育ちだから高尾山には数えきれないほど登っている。だが、頂上に中西悟堂の歌碑があるのは気づかなかった。
歌碑には以下のように刻まれている

「富士までに およぶ雲海ひらけつつ 大見晴らしの 朝鳥のこゑ」悟堂

朝鳥とあるが、悟堂が聞いたのは何の鳴き声だったのだろうか。

一昨日は富士山は見えなかったが、私が聞いたのは鶯のうら若き初音であった。

 

山座同定

 投稿者:edwhymper  投稿日:2021年 2月 3日(水)21時50分23秒
返信・引用
  山座同定とは、観ている山並みと地図とを照らし合わせて、山の名前を確定していくこと。最近はAR技術を使って山の名前をスマートフォンに表示するアプリもある。

以前、「やまびこ」に書いたが、山にはいろいろな楽しみ方がある。登る楽しみ、観る楽しみ、語る楽しみ、撮る楽しみ、読む楽しみ、浸かる(温泉)楽しみもる。

小暮理太郎や深田久弥等、偉大な先駆者たちは岳都・東京から山座同定を楽しんだ。

先般、中央高速をドライブしてきた。山を観て楽しんできた。釈迦堂付近からの山座同定写真です。
 

12月8日

 投稿者:edwhymper  投稿日:2020年12月 9日(水)17時05分43秒
返信・引用
  昨日12月8日はジョン・レノンンが殺害されてから40年目の命日であった。昨日ゴルフショップに入ったら、HAPPY CHRISTMASが流れていた。彼の歌は、音楽の教科書に取り上げられたり、テレビやラジオ、街中で流れていたりして、今でも人々を引きつける。ビートルズ時代のYESTERDAYやLET IT BEもいいが、私はIMAGINEが好きだ。その歌には彼の精神が凝縮されているように思う。

1980年から81年にかけて、私は妻子とカリフォルニアで暮らしていた。12月8日ロスのホテルでテレビを見ていて、ジョン・レノンが銃で撃たれて亡くなったと知った。それは全米でいや全世界に大きな衝撃を与えた。その年はジャイアンツの王貞治が引退し、人気の絶頂にあった山口百恵が引退した年でもあった。

ビートルズが来日したのは1966年、私は高校2年だった。私は山岳部員で山登りに熱中していた。その頃ビートルズにはさして興味はなかったが、クラスの中に学校を休んだ者がいて「あいつは今日武道館に行っているんだよ」と言っている声が聞こえてきた。

ビートルズの来日は日本に大旋風を巻き起こした。時の首相は佐藤栄作で、国会でも取り上げられたとか。「神聖な武道館をビートルズごときに貸し出すとは何事か」と武道関係者から大反対があったとか、右翼の街宣車にはBeatles Go Homeの横断幕が張られていたとか、混乱を避けるために武道館内に3000人の警官を配置したとか、そこには大きな時代の流れを感じる。

記憶が定かでないが20年前だったか30年前だったか、12月の今頃、新聞のコラム欄に「12月8日を昔の人は開戦の日といい、団塊の世代の人はジョン・レノンが死んだ日という・・・」と書かれていたのを思い出す。開戦の日とは言うまでもなく79年前の真珠湾攻撃の日のことである。

私事であるが、12月8日は海軍航空兵であった長兄の誕生日で、その兄は昭和3年生まれで二年前に亡くなり、大正生まれの義母は今年の春に亡くなった。「昔の人」だった人が亡くなっていく。令和2年の今、私は昔の人で12月8日をジョン・レノンが死んだ日という。添付画像にあるのは血にまみれたジョン・レノンの眼鏡。

 

クライミングを考える

 投稿者:Tessin  投稿日:2020年10月13日(火)20時51分15秒
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  最近、クライミングに熱中している。学生時代に少しかじったのだが、当時の登り方はほとんど役に立たない。安全に対する考え方が進歩し、それに伴って登攀のための道具が進化したり、ロープワークも変化している。一から出直しのつもりで学び直しである。仕事の重責から解放され身軽になったことで、「危険な遊び」に集中できる環境が整ったといえる。いつまでも我流で登っていも伸びないと思い、正しいムーブメントを習得すべく都内のジムでボルダリングのレッスンを受講している。当面の目標は5.11かな。ジムを訪れる機会が増えて気づいたこと、それは結構な数のシニアが楽しくクライミングしていることだ。ロック・クライミングは若い人のするスポーツで年寄りには縁のないことという認識を捨てた方が良いかも。クライミングは、通常の登山より難しいものと捉えるのでは無く、登山とは異なるジャンルの活動と位置付けた方が正しいのかもしれない。確かにロープの裁きを間違えたり、確保を誤ったりすると致命的だが、一方で外岩ゲレンデやジムで登る限りは、道迷いもないし熱中症とも無縁だ。このように考えると、クライミングが短かなものに感じてくるし、山の世界も広がって無限の可能性が出てくる。シニアだからっと行ってクライミングから遠ざかるのでは無く、シニアだからこそクライミングにチャレンジしてみてはどうか。  

涸沢の夏に思いを馳せる

 投稿者:edwhymper  投稿日:2020年 8月27日(木)21時15分48秒
返信・引用 編集済
  都会ではまだまだ暑い日が続いていますが、アルプスでは去り行く短い夏に哀愁を感じる8月下旬です。

コロナ禍の今年の涸沢はどんなだったのだろう。数年前、私のテントの正面で若いスタッフ達が美しいメロディーを奏でてくれた。また夕刻には一人の若者が大岩の上に立ちトランペットを吹いていた。その音色が心に沁みた。

ウイズコロナ、アフターコロナで山はどうなっていくのだろう。来年はあの夏が涸沢に戻って来ることを願っている。

 

Zermatt-Matterhorn

 投稿者:edwhymper  投稿日:2020年 4月18日(土)18時39分43秒
返信・引用 編集済
  昨夜、テレビを観ていたら、マッターホルンの岩壁に日の丸や星条旗等が映し出され、一瞬くぎ付けになった。ツェルマットから新型コロナウイルスで苦しんでいる世界各国へ勇気と希望を与えるメッセージであった。

We greet our Japanese friends, partners, and guests and send them a sign of hope and strength to overcome this unusual and difficult time.

(日本の友達、パートナー、ゲストの皆さんにご挨拶を申し上げ、この異常で困難な時を乗り越えるべく希望と強さの証をお届けいたします。)

数日前、氷河特急Glacier Express(サンモリッツ~ツェルマット)の予約をやむなくキャンセル。二週間のスイス旅行計画は頓挫した。だがテレビの画面をみて心に熱くなるものを感じ、励まされ、元気をもらった。

画像1:マッターホルンに映る日の丸
画像2:stay home
画像3:スイス国旗
 

蛾ヶ岳

 投稿者:edwhymper  投稿日:2020年 3月 8日(日)13時29分10秒
返信・引用
  ヒルガタケというと多くの人は丹沢の蛭ヶ岳を思い浮かべる。蛾ヶ岳をヒルガタケと読む人は山通であろう。蛾ヶ岳は御坂山塊の末端で甲府盆地の南に位置する。

先月、私の一番の岳友であったIさんが亡くなった。彼は中年以降の数年間、山梨百名山を集中的に歩き、特に身延沿線(富士川流域)の山々の魅力を紹介してくれた。最後に彼を見舞った時、「次は何処の山に行くのか」と問われた。

蛾ヶ岳の標高は1279メートルにすぎないが、山頂からの展望は一級品である。富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父、眼下には甲府盆地を流れる富士川の雄大な流れ、そして遥か遠く、単眼鏡を覗くと、南アルプスと八ヶ岳の間に鹿島槍と爺が望めた。

有限の命とはいえ、親しい人の死は寂しいものである。酒好きだったIさんが、酒に酔い、蛾ヶ岳の話を嬉しそうに語っていたのを昨日のように思い出す。



 

募集要項

 投稿者:蝋梅  投稿日:2020年 1月28日(火)15時03分31秒
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  初めまして
今まで、仲間と山を楽しんでおりましたが、腰、首。膝と其々故障・・・
私も,所用続きで山を休眠、久しぶりの登山では筋力低下気味
 

謹賀新年

 投稿者:edwhymper  投稿日:2020年 1月 2日(木)22時48分42秒
返信・引用 編集済
  むさしの山の会の皆さん、明けましてめでとうございます。

先日、84歳になる元会員の大先輩Aさんから、71日間にわたってピレネー山脈730キロを踏破してきたとの便りをいただいた。80歳の2015年に計画し、4年後の昨年秋に実行したというその気力と実行力に頭がさがります。

私は昨年、アイガーやマッターホルンを眺めて、あと10年若かったらなあと思ったが、Aさんを思うと、まだまだ老け込んではいられない。1年の計は元旦にありという。私には、細やかなものであるが、胸に抱いている計画がある。Aさんの便りを読んで決意を新たにした次第である。

皆さんにとって、充実した豊かな年となるよう祈念しています。どうぞ安全登山に十分留意され、ご活躍ください。

 

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