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Birthday

 投稿者:edwhymper  投稿日:2017年11月12日(日)22時35分38秒
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  オーストラリアの知人から Birthday Card をもらった。エアーズロックはオーストラリアのほぼ中央にある。赤銅色に染まった巨大な岩と抜けるような青空が美しく撮影されていた。

数週間前、エアーズロックの登山が2年後の秋に禁止になると新聞で読んだ。エアーズロックは、エヴェレストがそうであたように英国人にちなんで付けられた名である。現地での名はウルル(Ululu)といい、先住民族アボリジニ―の聖地である。現地では以前から多くの観光客が登山を自粛する動きがあるという。

アボリジニ―の長老は、あと数年で自分の生命がつきることを知ると、部族生活を引退して山中にこもり、ひたすら青空を見つめ瞑想にふけるという。オーストラリアの砂漠の青空はすさまじく青い。日本でも高山に登ると眼に沁みる様な青空を見ることがあり、そこに浮かぶ白い雲を見ていると心が洗われる。

学生時代、山岳部で青春を謳歌した。そこに悔いはない。しかし先輩・友人が谷川や冬の白馬主稜そして穂高で逝った。今日、平成29年11月12日は私の〇〇回目の誕生日。東京は青空であった。山の会も今は辛い時である。山に逝った友人・知人を思い瞑想にふける。


 
 

北海道

 投稿者:edwhymper  投稿日:2017年 9月27日(水)20時28分32秒
返信・引用
  先週末、北海道を旅してきた。
コースは
帯広空港、阿寒湖、摩周湖、知床、網走、層雲峡、美瑛、富良野、新千歳空港。
層雲峡の紅葉が盛りだった。

摩周湖は布施明。知床は森繫と加藤登紀子。網走はもちろん高倉の健さん。美瑛の丘と言えばケンメリのスカイラインが懐かしいし、前田真三もいい。

蘇る過去が多くある。年をとった証拠か。
 

燕山荘と畦地梅太郎

 投稿者:edwhymper  投稿日:2017年 5月 2日(火)19時15分57秒
返信・引用
  ゴールデンウイークの真っただ中である。昨日今日(5/1,2)、朝夕の通勤電車はずい分と空いている。先週末(4/29、30)に北アルプス燕岳に登った。登山中に歯の具合が悪くなり、昨日の夕方に日頃お世話になっている歯科医を訪ねた。

診察室の入ると畦地梅太郎の作品(木版画)が偶然壁にかかっていた。先生は大の畦地ファンで数多くの作品を所有しておられる。それは「頂上の小屋」というタイトルで、燕山荘を表現した作品である。実は私も同じものを持っているのである。

燕山荘の玄関前には畦地作品の「山男」をイメージした石像が置かれている。しかしそれに気づく登山者は意外と少ないようである。その石像は、先の燕山荘オーナーが畦地邸の庭にあったものを頂いたものらしい。小屋に入って宿泊手続きを済ませると、領収書と一緒に「山男」が印刷されたタッグが全員に配布される。ささやかな物だけれど嬉しい。

山岳専門誌の調査によると、燕山荘は泊まりたい山小屋No1だそうである。三代目オーナーの赤沼健至さんやスタッフの対応を見ていると、それが納得できるし、それに誇りを持っているように思えてくる。現状に満足することなく、今後も多くの登山者を喜ばす山小屋であり続けてほしいと願う。

畦地梅太郎:愛媛県出身1999年没 『山の版画家』と呼ばれ多くの作品を残す。
約10年前、当会の会報「やまびこ」で一度紹介している。

 

雲取山 2017年1月

 投稿者:edwhymper  投稿日:2017年 1月31日(火)20時13分0秒
返信・引用 編集済
  以下は1月7日付け朝日新聞・朝刊(むさしの版)からの抜粋である。

2017年は標高2017メートルの雲取山へ

今年の西暦、2017年と同じ2017メートルの標高がある都内最高峰の雲取山。雲取山は日本百名山のひとつ。奥多摩町と埼玉県秩父市、山梨県丹波村の1都2県にまたがり、山頂は奥多摩町と秩父市の境になっている。

都は埼玉県と協議して両都県の標識を一本化し、新調した。鉄鋼の表面に御影石を張り、高さは標高にあやかって2.017メートル。


昨年の暮、篠井山(山梨県・富士川流域)に登った時、頂上で居合わせた女性が、来年は2017年で雲取山には記念の柱が立てられたと言っていた。

それを聞いた同行の友人が「来年雲取山に登ろう。」と言い、そして更に後日、新聞を見て「雲取山は正確には2017.1メートルだそうだから1月中に登りたい。」と電話をかけてきた。

添付写真は昨日の雲取山である。時間は10時30分。天気は雨。風が強かったが、冬山の寒さではなかった(予報では都心の最高気温20度)。鴨沢ルートの積雪は少なく、石尾根の登山道でも7:3位の比率で土の露出部分が多い。山慣れた人ならアイゼン無しでも可。

 

Re: 茂来山々頂

 投稿者:udachan  投稿日:2016年12月13日(火)07時19分11秒
返信・引用
  > No.308[元記事へ]

Mさん

有難うございます。
私の勘違いで昔、四方原山から茂来山への縦走(結果は四方原山には行ったがそこからの茂来山までの登山道が不明の為、引き返す)で四方原山山頂にその標識を設置しました。
私の勘違いでお手数を取れせ申し訳ありませんでした。

S.U

edwhymperさんへのお返事です。

> S.U.さん
> お元気でご活躍の様子、何よりです。ご要望の件、お応えいたします。
>
> 茂来山々頂①
> 山頂南面より撮影。人物の足元に古い標識が倒れています。標識には白地に黒ペンキで「茂来山々頂」「前橋〇〇会」(判読不能)と書かれています。その標識は朽ちた支柱に、後から釘で打ち付けられたようです。きっと、その時点では、支柱はまだ立っていたのでしょう。
>
> 下の写真では分かりにくいかもしれませんが、その支柱の上部には錆びたボルト・ナットが二つ残っているのが見て取れます。元はそこにもっと立派な標識が取り付けられていたものと思われます。それは、貴殿の言う、会の人が設置した標識の支柱でしょうか。
>
> 茂来山々頂②
> 参考までに山頂西面より撮影した写真も添付します。①に写っている標識が社の右にあります。①では写っていませんが、よく見ると支柱が二本重なっているようです。
>
> 手前の石碑には「浩宮様 茂来山登山記念 昭和57年8月20日」とあります。私などが、以下のように書くのは僭越ですが、茂来山のような山に登られるとは、その選択が、素晴らしい。殿下はいいセンスをしておられる。山道を下りながら、つくづくそう思いました。
>
>
>
 

茂来山々頂

 投稿者:edwhymper  投稿日:2016年12月 9日(金)23時13分15秒
返信・引用 編集済
  S.U.さん
お元気でご活躍の様子、何よりです。ご要望の件、お応えいたします。

茂来山々頂①
山頂南面より撮影。人物の足元に古い標識が倒れています。標識には白地に黒ペンキで「茂来山々頂」「前橋〇〇会」(判読不能)と書かれています。その標識は朽ちた支柱に、後から釘で打ち付けられたようです。きっと、その時点では、支柱はまだ立っていたのでしょう。

下の写真では分かりにくいかもしれませんが、その支柱の上部には錆びたボルト・ナットが二つ残っているのが見て取れます。元はそこにもっと立派な標識が取り付けられていたものと思われます。それは、貴殿の言う、会の人が設置した標識の支柱でしょうか。

茂来山々頂②
参考までに山頂西面より撮影した写真も添付します。①に写っている標識が社の右にあります。①では写っていませんが、よく見ると支柱が二本重なっているようです。

手前の石碑には「浩宮様 茂来山登山記念 昭和57年8月20日」とあります。私などが、以下のように書くのは僭越ですが、茂来山のような山に登られるとは、その選択が、素晴らしい。殿下はいいセンスをしておられる。山道を下りながら、つくづくそう思いました。


 

Re: 茂来山と石割山

 投稿者:udachan  投稿日:2016年12月 8日(木)17時41分43秒
返信・引用
  Mさん

こんにちは!

茂来山の山頂に「茂来山」の標識の写真はお撮りになっていませんか?もし有れば見たいのですが!
昔、我が会の人が標識を作りそこに設置しました。
20年以上前の話ですが!

S.U

edwhymperさんへのお返事です。

> 職場に信州佐久の出身者がいる。佐久では雪はあまり降らないが、標高が高く冷え込みが厳しく寒い。
>
> 先月、茂来山と御座山に、それぞれ日帰りで登る計画をたてた。佐久出身の友人曰く、「茂来山は中学の遠足で登った。皇太子が浩宮の時代に登ったらしいけど、東京からわざわざ登りに行く山じゃないよ。」
>
> 中旬に茂来山に登った。秋の山は、空気が澄んでいて見通しがきく。茂来山からの展望は期待通りであった。近くは八ヶ岳、浅間山、金峰、瑞牆、南アルプス、そして頸城山塊や北アルプスの山々等、360度何も遮るものがない。
>
> 景色もさるものながら、私が感激したのは霧氷の素晴らしさだった。茂来山は標高1,700mの山だが、東京近郊の山とは冷え込みが違う。陽だまりでは小春日和を思わせたが、風が強く稜線で吹かれると耳が痛くなるほどであった。見事な霧氷のトンネルで、枝が風に揺れて、霧氷がカサカサと音をたてて、雪のように舞い落ちて来るのには感激した。
>
> その一週間後、御座山に登るつもりでいた。山行当日は好天であったが、あいにく前日に雨が降った。佐久は寒冷地ゆえ、林道の凍結が怖かった。私の車はノーマルタイヤである。無理はできない。富士山麓の石割山に変更する。
>
> 石割山は10年振り二度目である。石割の湯の駐車場に車を止め、石割山から平尾山を経て駐車場に戻る行程。ノンビリした撮影山行である。平尾山の頂上には誰もいない。正面に富士山を見て、子供の頃に覚えた「富士山」を独唱する。
>
> 茂来山は霧氷がよかったが、石割山はススキが綺麗だった。南アルプスの甲斐駒から聖まで、新雪におおわれた3000メートル級の山が陽に輝いている。南部の荒川、赤石、聖が近い。茂来山も石割山もお天気に恵まれた。いい登山ができた。
>
>
 

茂来山と石割山

 投稿者:edwhymper  投稿日:2016年12月 2日(金)22時08分25秒
返信・引用 編集済
  職場に信州佐久の出身者がいる。佐久では雪はあまり降らないが、標高が高く冷え込みが厳しく寒い。

先月、茂来山と御座山に、それぞれ日帰りで登る計画をたてた。佐久出身の友人曰く、「茂来山は中学の遠足で登った。皇太子が浩宮の時代に登ったらしいけど、東京からわざわざ登りに行く山じゃないよ。」

中旬に茂来山に登った。秋の山は、空気が澄んでいて見通しがきく。茂来山からの展望は期待通りであった。近くは八ヶ岳、浅間山、金峰、瑞牆、南アルプス、そして頸城山塊や北アルプスの山々等、360度何も遮るものがない。

景色もさるものながら、私が感激したのは霧氷の素晴らしさだった。茂来山は標高1,700mの山だが、東京近郊の山とは冷え込みが違う。陽だまりでは小春日和を思わせたが、風が強く稜線で吹かれると耳が痛くなるほどであった。見事な霧氷のトンネルで、枝が風に揺れて、霧氷がカサカサと音をたてて、雪のように舞い落ちて来るのには感激した。

その一週間後、御座山に登るつもりでいた。山行当日は好天であったが、あいにく前日に雨が降った。佐久は寒冷地ゆえ、林道の凍結が怖かった。私の車はノーマルタイヤである。無理はできない。富士山麓の石割山に変更する。

石割山は10年振り二度目である。石割の湯の駐車場に車を止め、石割山から平尾山を経て駐車場に戻る行程。ノンビリした撮影山行である。平尾山の頂上には誰もいない。正面に富士山を見て、子供の頃に覚えた「富士山」を独唱する。

茂来山は霧氷がよかったが、石割山はススキが綺麗だった。南アルプスの甲斐駒から聖まで、新雪におおわれた3000メートル級の山が陽に輝いている。南部の荒川、赤石、聖が近い。茂来山も石割山もお天気に恵まれた。いい登山ができた。

 

笠取山

 投稿者:edwhymper  投稿日:2016年 9月19日(月)20時16分35秒
返信・引用 編集済
  今となっては、もう知る人は少なかろうが、いつまでも心に残っていることがある。半世紀前、奥秩父の山中で○○大学ワンダーフォーゲル部しごき事件が起こった。

当時私は高校一年でショッキングな出来事だった。事件の翌年の年の瀬、同級生二人と雁坂峠から雲取山まで縦走した。初めての冬山で下山するのが一日遅れ、親に心配をかけたのを覚えている。

今年は8月の下旬以降、再三の台風で天候が安定しない。一昨日、雨を覚悟で笠取山に登った。笠取小屋の主人は、私と年齢がちかく、彼のお父さんのことや山のことで話がはずんだ。

50年前、牛王院平付近に一本の木が植えられ、それを板で正方形に囲んであった。その板には白地に黒ペンキで正面に故人(犠牲者)の名前があり、側面に「二度と此の様な悲劇が繰り返されないことを願って」と書かれていた。それは故人のお姉さんの願いだった。

笠取小屋の主人は、お姉さんは毎年、結婚後も必ず、山に登って来たという。夜中にテントをたたく雨音に目が覚めた。私も学生時代に山で辛いことがあったが、励まし支えてくれた人がいた。山登りを長く続けてこられた幸運に感謝。今日は敬老の日。多くの人に出会い、支えられて来たことに感謝。
 

いいものはいい

 投稿者:edwhymper  投稿日:2016年 8月30日(火)15時07分8秒
返信・引用
  25日から松屋(銀座)で星野道夫写真展が開催されている。星野道夫については、当会の会報「やまびこ」7月号に寄稿した。また23日付け夕刊(朝日)には1ページ全面を使って写真展が紹介されていたので、当会々員以外の方でもご存知の方が多かろう。

昨日、その写真展に行ってきた。今回、掲示板には書くつもりはなかったが、いいものはやはりいい。改めて紹介する。私は『星野道夫の写真には、心が揺さぶられるものがある』と会報に書いた。何がいいのか。それは観賞する人の心のありようによって異なろう。

いくつか例を掲げれば、入口を入るとすぐにグリズリー(ヒグマ)の写真がある。風に揺れ、黄金色に染まる草むらに潜んでいる巨大なグリズリーの迫力に圧倒される。カラフルなオーロラの写真が十数枚まとめて展示されている。オーロラとは、かくも美しいものかと思う。

アザラシの親子の写真がある。生まれたての赤ん坊が氷の上で横たわっており、へその部分は、緒が切れたばかりなのだろう赤く染まっている。氷の穴から顔を出している親アザラシの表情は、ユーモラスであるが、そこに極北の厳しさを思う。

柳田邦夫は次のように書いている。「星野道夫は写真家であって、ただの写真家ではない。エッセイストであって、ただのエッセイストではない。」

展示会場の出口で「クマよ」という少年少女向けの薄い本(写真文集)を買った。それは、一般成人向けの本と違って、平明で短い文章の中に、著者のクマに対する思い入れが凝縮されている。写真もいい。文章もいい。少年少女向けの本であるが、ただの本ではない。傑作である。そこまで書いてしまったら、ひいきの引き倒しか。
 

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