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  1. ぽろりっ(0)
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PTSD症候群

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2017年 6月24日(土)17時19分54秒
  塩爺さま ひさびさのお目見えです。慰霊の日に微熱などは、多分PTSD症候群かも知れません。心理的な影響は身体に微妙に作用します。今だから話せますが、わたしの酷いPTSD症候群、戦争トラウマは大変です。とにかく戦争のことには耳をふさぐしかない状態で、この歳になりました。まぶにが丘が完成した当時両親と三名歩いたのですが、なぜか夏なのに、ひんやり。そして遺骨探しの行脚で2、3歳のころから人づてに尋ねあるいたものです。当時の映画館でのニュースは戦争の再現ばかり、とにかく戦争の話と映像をみて育ったわたしは、いつかひどいトラウマになり、いっさい戦争の話題にはふれずに生きてきました。それが50歳をすぎてから沖縄の那覇出版で仕事をした折り、多くの資料を見ることになり、こまごまとは語れませんが、体調を崩しました。
最近は己を不謹慎だと思い、TVで慰霊祭の状況をみたのははじめてです。でも具合が悪くなりました。それを払拭するには、興味ある書を必死で読むことです。そうして挽回しました。やっと普通になったような、何ともいえないトラウマは残ります。何日か前、若狭の海岸で鹿児島の女性が、戦争では沖縄の人に申し訳ない。といわれました。それで「相手を許すことが出来なければ平和にはならない」と、その人を慰め的な明るい笑顔で語ったのですが、後からとても暗黒の日になりました。まるで古傷のかさぶたをはがされた痛みのように。この話題だけは人類いかんせん。どうにもならない話題です。
救いは沖縄の空気、風にあります。それだけはいにしえから変わりません。わたしたちはいつか風になります。なんて歌もあったような。複雑怪奇な心境をひきづるウチナーンチュはゆえに明るく笑います。なぜなら泣いたら立ち上がれなくなるからです。神様が与えてくれた命を無駄遣いしないように一生をおえましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=MUBjJ5s2r6k
上原正吉 ? 兄弟小節(イチャリバチョーデー)? TBNYD13

↑上記ユーチューブに記載されたおはなし
2014/03/10 に公開
◎イチャリバチョーデー(一期一会・一瞬天国)...Do Your Best Every Happenings..as it may be the last...Every spirit seconds counts until the End... Assalaam Alaikum Brothers & Sisters この兄弟節の出逢い(挨拶)人々観の隔たりを消し去る世界に誇れる沖縄の人情...

沖縄の歴史は薩摩支配、廃藩置県以後の差別支配での沖縄戦、そして戦後の経済格差や米軍基地の集中などによって、本土と沖縄の間には深い溝(メディア操作による搾取)が今なを続いている…誰に対して優しく心を開く「おおらかな心」は地理的環境が与えたウチナンチュへの神様からの褒美であろう…

イチャリバチョーデー(一期一会・一瞬天国)という言葉に示すように「暖かさ」「共有精神」は、本来は豊かであった沖縄がさまざまな苦労(台風、季節風、人頭税、戦争、貧困、差別など)を乗り越え助け合ってきた大らかさの証左である。時間はあるようで いつも「今」云々 …




 
 

無念な一日でした

 投稿者:塩爺  投稿日:2017年 6月24日(土)15時53分42秒
   今年も慰霊祭に参加を目論んでいましたが、希望の航空予約が
取れず、見送りになってしまいました。
 そして慰霊祭の時刻になると、無性に身体がだるくなり、微熱
まで出て、仕方なく慰霊祭もビデオで見る始末です。心当たりは
ないですが、軽い腸炎の症状です。
 一日経ち、今は回復していますが食欲はありません。
 情けない一日でした。
 

慰霊の日

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2017年 6月23日(金)11時51分23秒
編集済
  本日は慰霊の日です。朝からいつもと違う空気を受け止めました。対馬丸の慰霊碑の前で休憩して猫にお水をあげようと、手水を猫に捧げたのですが拒否され、その猫がおもむろに辿りついたのは、蔡温の碑の前でした。朝からいろんなメッセージを自然界から受け取ったような気がして、図書館へ行ったら慰霊の日で休館。いろいろ不謹慎であることを戒められた気がして、本日午後0時は真摯に黙祷を捧げる所存にございます。
若狭の旭が丘公園に、先人の苦労があって今があるのだから誇りを持って進みなさい。あとから来る君たちへとのメッセージが託された碑があります。新聞ではさまざまな件をとりあげております。
何といっても先人の思いを胸に、前向きに希望をもち、鎮魂の気持ちを忘れずウチナーの未来に託しましょう。
私個人的には「貞じ」という名の伯父が沖縄戦で戦死し遺骨は見つかりません。その伯父の遺骨さがしに来沖した母と、母を召した父の御陰さまで琉球の地で棲息することに吾輩は相成りました。
ウートートーでございます。

少し時が経って慰霊祭の様子をTVで拝見しました。随分と国会答弁のような政治色きわまりない慰霊祭だったのですね。鎮魂のしめやかさや、故人を忍ぶ想いなど、どっか行ってしまうような、慰めにもなんにもならない摩文仁が丘での出来事のように見えるのは、偏屈な心からなのでしょうか。
かすかに残されたこの国での個人的自由を鑑みれば、もう慰霊祭はウチナーンチュの鎮魂の場ではないということです。きっと御霊もそう風にのってささやいているような、72年目の慰霊祭でした。
あとは、心のなかで祈るしかない琉球民族でもあります。
いずれ人はみな魂だけの存在になります。生きている時を大切にするのがせめて戦死した御霊へ対する鎮魂でもあります。
ではでは。



 

大田元沖縄県知事

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2017年 6月13日(火)18時30分22秒
  大田元沖縄県知事のご冥福をお祈りいたします。
今年ミュージシャンの喜納昌吉氏が孔子賞をいただいた折り、うれしそうに横に大田元沖縄県知事が写っていたのが印象的でした。強い沖縄の人がまた一人逝ってしまいました。
前太田知事に頼まれた仕事がまだ未完成で手元にあります。四、五日前に前太田知事の秘書であった方へご連絡を差し上げたばかりでした。前太田知事は、ノーベル平和賞の候補になっていました。前太田知事は小さな沖縄の大きな意志を持った方でした。なだそーそーであります。 合掌
 

大田昌秀さんの思い出

 投稿者:塩爺  投稿日:2017年 6月13日(火)16時01分27秒
   大田元沖縄県知事が亡くなられました。92歳の誕生日だったそうです。
 私が沖縄赴任した時、最初に県の仕事を請け負い、契約書を交わしたと
きの代表者が大田知事でした。その横に私の名前が並んだのを確認して、
本当に沖縄へ来た実感を抱きました。
 その後、米軍基地の使用を求める国の代理人署名に抵抗し、遂に拒否を
公表したのですが、そのマスコミ発表を海勢頭豊さんの店で聞いたとき、
店中が拍手の嵐でした。背筋に鳥肌立ちを感じたのを覚えています。
 政治と日常がこんなに近く息づいているのに驚きでした。
 東京で海勢頭豊さんの出版記念会があった時に、大田さんも参加されて
いましたが、もうかっての面影が無く、寂しい感じでした。一時代を駆け
抜けた、素晴らしい偉人でした。
 ご冥福をお祈りいたします。合掌
 

すいめでいしじやびら

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2017年 1月 2日(月)20時36分54秒
  ぐすーよー すでぃ(孵で)がふう(果報)でーびる。
皆様 復活して再生して、果報な年を、おめでとうございます。

すい(首里)めでい(愛でて)しじ(孵)やびら
首里を愛でて、すでぃる(孵化する)は、復活の新年のごあいさつです。

皆様良いお年をお迎えのことと思います。
本年は、元朝も、次の日も首里城を堪能しました。

それにしても、華やかに復活した首里城です。たとえ琉球王国と国王はイベントの中での復活となったといたしましても、一般の方々が拝見できるみんなの首里城、琉球国王になりました。このイベントが続く限り、正月三ヶ日は琉球王国は記憶のなかに、また琉球王朝絵巻としてよみがえります。その中の首里城界隈を歩き回れるなんて、何十年か前の失意の琉球人には思っても見なかったことでしょう。

たとえば、かつての麗しき琉球に思いを馳せる時、田畑よしおの曲である帰り舟の歌詞をパクッてみれば、

波の背の背に ゆられてゆれて
月の潮路の 琉球の國
霞(かす)む 故国(ここく)よ 小島の沖じゃ
夢もわびしく よみがえる

捨てた 未練が 未練となって
今も昔の 切なさよ
瞼(まぶた) 合わせりゃ 瞼にしみる
麗しき首里城の 銅鑼(どら)の音

熱い涙も お城に着けば
嬉し涙と 変るだろ

鴎(かもめ)ゆくなら ウチナーのこころ
せめて日米に 伝えてよ(ショボ(;;))


現在の心の奥底には、深い憂いが、琉球に魂をしずめたウムイが、鎮魂の念が、ひとときの静けさのうちに、蘇ります。
泡盛を飲んで、いい正月でーびる と 喜んだところで、失った悲しみは癒えはしないのでしょう。

それでも、泣いて悲しむ心だけでは人は生きてゆけないものです。
神様からいただいた、魂と命を大切に、ことしも良き年となり、しずまった魂ともども喜びにかわるよう、そんな一年にしたいものです。

生きている時間を楽しく、皆様ご一緒に過ごしましょう。
本年も、ゆたしく うにげー しゃびら。
(本年も、よろしく御願い奉りそうらえ)

https://www.youtube.com/watch?v=XMp9qHvxSRM
美しの琉球 伊藤久男

https://www.youtube.com/watch?v=BeHOsGFXW10
首里のクェーナ(2016年 首里城祭)

https://www.youtube.com/watch?v=aM2zgjeXB0A
宮平の獅子舞(2016年 首里城祭)










 

賀正

 投稿者:塩爺  投稿日:2017年 1月 1日(日)20時12分50秒
   新年おめでとうございます。
 暖かく、良い正月となりました。
 昨年もめっきり書くことが少なくなり、蜘蛛の巣が張りかかった
この掲示板に、レイ子さんと隼人さんが参加くださり、何とか命脈
を保っています。
 昨年は、何年振りかで沖縄訪問を実現でき、肩の荷が下りました。
久しい友とも再会が出来、大満足です。レイ子さんも相変わらずの
仙人ならず、仙女ぶりでした。敬服いたします。
 仲田幸子さんとも再会し、ハグして再会を喜び合いました。その
後孫のまさ江さんを高松へお迎えし、ライブに協力しました。
 今年も充分な書き込みはできませんが、どうぞ皆さんで沖縄を語
ってください。期待しております。
 では、今年も皆さんにとって良い年でありますことを祈ります。
 

年の瀬

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2016年12月31日(土)19時29分13秒
  みなさま ぐすーよー ちゃー がんじゅー しみそーちー お元気でしたか?
波の瀬の瀬にゆられてゆれて・ という唄が確かあったようですが、
https://www.youtube.com/watch?v=myDgvXaGsGs

本日は波の瀬ではなく年の瀬です。
もうすぐ新年、新しい年を迎えます。本日はめずらしく 炭と昆を飾って新年を祝おうと大急ぎで街にでかけました。
年越し蕎麦の予定が、お餅や甘い御菓子などに(^^;。これで楽しいお正月を珍しく迎えられそうです。

炭と昆とは
あらたま ぬ とぅし に たん とぅ くぶ かざてぃ
(新玉の歳に 炭と昆布を飾って)

くくる から しがた わかく なゆさ
(心から 姿 若くなります)

いしなぐ ぬ いし ぬ うふせ なる までぃん
(石なぐ の 石が 大きな瀬 に なるまで)

うかき ぶせ みしょり わ うしゅ がなし
(すばらしい 御代を おんめしあがり そうらえ 我御主加那志)
https://www.youtube.com/watch?v=3I2CfK71cOc
https://www.youtube.com/watch?v=f5sGUXR86rQ

ということで、お正月には、炭に巻いた昆布を飾り、「かじゃでぃ風節」に乗せて舞う琉球のお正月です。
そうすると、心と姿が若くなるそうです。是非皆様お試しをーーー*\(^o^)/*

来年も ゆたしく うにげー しゃびら
(来年も よろしく 御ん願い たてまつり そうらえ)
訳:そうらえは、候(そうろう)の五段活用かもしれません。










 

時の流れ

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2016年10月 6日(木)11時39分59秒
  隼人さま コメント多謝です。
塩爺さまの掲示板にも感謝。

セレサテンの歌う 「時の流れ」 自然に歴史とシンクロしているような気がします。
https://www.youtube.com/watch?v=Jx5Vjj1wND0

カクレキリシタンが必死で守ってきた500年以来の信仰、今になってみれば、どんな信仰とも乖離していまして…と研究者は述べます。
調べてみると、スペインでも既に消滅した聖歌 グロリオザ に答えがあったようです。

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http://medmus.sakura.ne.jp/orasho.html
>生月島の歌オラショ『ぐるりよざ』の原曲となった聖歌『オ・グロリオザ・ドミナ O gloriosa Domina (栄光の聖母よ)』、夢にまで見たそのマリア賛歌の楽譜が記されていたのである。
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時の流れは、いろいろなものが変化してゆく過程を教えてくれます。
セレサテンの歌は状況がよくつかめる気がします。

そして、つぐない という歌も。人は過ちをおかしたときには、つぐないが必要でしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=747Yogab8IU

「壁の傷も残してゆくわ。」という歌詞には何が込められているのでしょう。
受け止め方は人によって異なりますが…。

わたしの心が捉えた、壁の傷…、
毎日の朝の散歩で目にする、波の上宮横にある孔子廟の石垣。
そこには、するどい爆弾が炸裂した痕跡が、石に多く残されおります。
爆弾が炸裂し、崩れ去った石垣を拾い集めて孔子廟の石垣を戦後に修復した石工の人達がいたのですね。
壁の傷として、波の上宮横の孔子廟の石垣に残されております。

時の流れとつぐない
一番自覚する「時の流れ」は、自分が年寄りということ。精神的は別としてですが。
最近は、若作りをするのをやめて、年齢を素直に表現します。その生き方はとても気楽で楽しいです。
そして、残りすくない地球上に棲息している間にやらなければいけないこと、として私が発見した超ビックニュースを、解る人に伝えることです。そして皆さん さよなら と、行った事のない ぐそー(後生・天国)に旅に出る予定です。楽しい気分で。
それには、身のまわりのお片づけもしておかなければいけなくて、ぐそーに行く準備も結構いそがしいです。

私が発見した超ビックニュースは、何と言っても、「龍城国即琉球」。
「龍城国とは、契丹古伝によると琉球であったこと」が書かれています。
契丹古伝も何種類かの本があるようですが、わたしが手にしたのは、
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契丹史 単行本 ? 1982/2 浜名 寛祐 (著)単行本: 510ページ
出版社: 日本シェル出版 (1982/02)
言語: 日本語
ISBN-10: 4819481231
ISBN-13: 978-4819481236
発売日: 1982/02
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上記本です。アマゾンには残り一冊。
そこには、「龍城国即琉球」が書かれていました。加治木義博氏の著書はその本の内容とリンクしています。

そして、お話を理解して頂ける方々と楽しい古代史詮索。
琉球の歴史探究は本当に興味が尽きないです。
昨今は時代が、時の流れのなかで、変化してきたかもしれません。
こういったオフリミットにしなければいけない琉球の歴史も楽しく語れる時代になってきたようです。
ほんとに時の流れに身をまかせ… いろいろと見つけることができます。
その切っ掛けを作ってくれた、加治木義博氏は琉球人にとって神様のように有り難い方です。

契丹史を著した 浜名 寛祐氏。
浜名氏は、歴史探索のために渋沢栄一氏の支援を得ながら戦争状態の中国へ行きます。
その体験が書かれた「敵国横断記 浜名 寛祐著」を、わたしは琉球人として感謝を込めて読んでいます。
そして本当に有り難いと、心で感謝の念に耐えません。まだ半分しか読んでいませんが…。

桃太郎に託した歴史を著した加治木義博氏
敵国横断記に記された状態から契丹史を著した浜名寛祐氏
大変な状況の中から歴史を発信しつづけた矢切止夫氏

世の中には、立派な方は大勢いらっしゃいます。その御縁に辿り着くには、やはり自身も身を潔斎し、心を澄まし何かを受け止める気持ちを持たなければいけないかな~と思ったりです。


三空出版 社長は以前と同じ上原氏でした。ということは、あの出版社は存続していたということでしょうね。
わたしがいた頃は、東京芝にありました。とても懐かしいです。
サイトで調べて頂いてありがとうございます。


隼人さま いろいろなお知らせを、本当にありがとうございます。
いつ、尽きるか解らないわたしの命に、暖かいともしびをともしていただいたことに感謝いたします。

塩爺さまの掲示板をご覧の皆様 台風やいろいろな事象にもめげず、明るい未来を期待しましょう。

戦世 ん うわてぃ(終わり) ミルク世 ん やがてぃ(尚泰王)

解説;戦の世もやがて終わり、弥勒の世が来るようです。










 

隠れキリシタンの話し

 投稿者:隼人  投稿日:2016年10月 6日(木)09時07分33秒
  以前にも教えて下さったマラードの話し。
隠れキリシタンではなく、隠れユダヤ教だった。
聞いているだけでも、ワクワクします!


ルイス・フロイスは知っていましたが、ルイス・アルメイダという方もいたんですね。
少し、調べましたが、日本初の病院を作った、と書いてありました。


子供にアンメーさんと名付けるぐらいぐらいですから、余程、尊敬されている人物だったのでしょうか?


流行っているような本はあまり手にとらないのですが、「嫌われる勇気」は気になって読んでみました。
良書だったので、友人にプレゼントし、私の手元にはありませんが・・・


教科書に載っていないような話しのほうが面白しですし、真実に近いような気がします。
私はレイ子さんの話しが好きで、面白く為になってます。
なので、これからも研究発表を継続して頂けるようお願い致します!
 

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