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どうなる、注目!!

 投稿者:コーイチメール  投稿日:2009年 6月 2日(火)18時52分25秒
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  1.村上春樹は、直感的にあまり読みたくない作家だったのでまだ一冊も読んでいないが、、、新作も数ヶ月以内に朗読CDが出るので聞いてみようとは思っている。
2.今日のグーグルニュースより、、、
米GM破綻:「年内に黒字化」早期再建を強調--CEO会見、、、本当に黒字化するのか注目!!
3.鳩山邦夫総務相は2日の閣議後の記者会見で、日本郵政の西川善文社長の続投について、新しい経営目標を設けさせるといった条件付きでも認められないとの姿勢を示した、、、政治家のごり押しが通るのか注目である。いや、それより自民党の政権の方が危ういのでは、、、
 
 

1Q84

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 6月 1日(月)03時13分25秒
返信・引用
  村上春樹の新作が出ました。 一気に読みました。 彼は確かにうまい。 心得ている。
いつもながらの、性によって損なわれた人物。 2000年以降目だつ、親子の確執のテーマ。 彼のトレードマークである、奇数章と偶数章で違った人物の視点から語る語り口。
そして異界。 今回は、加えてオウム真理教を思わせるカルト宗教。 いつもながらの律義な語り口。 彼は登場人物たちの服装を必ず描写し、また食べ物も何を食べたかきっちり描写する。 神は細部に宿る。 服装と食べ物にこれほど描写を費やす作家を知らない。
(僕が知らないだけかもしれない) 彼は性に関しても、挿入してどう感じたかを必ず描写する。 ポルノ作家は女の反応ばかりを描きたがる。(男が読者だから) 村上の描写を読んでいると、扇情するつもりはないことだけはよく分る。

 今回は戦争のことは語られなかった。

 出てくる人物たちの会話が気が利きすぎているというか、みんな頭がよくスマート過ぎる(頭が悪い人たちは、特別な聖性を帯びている)のに何となく不満を感じているが、それが村上ファンにとってはたまらないのかもしれない。

 彼は、オウムをインタビューした後(本になっています)、日本を戦争に導いた心性とオウムを産み出した心性とは変わっていない、みたいなことを河合隼雄との対談で言っていた。 今回の作品に「日本の病」のごときものを掘り起こしたいという意図があったとすれば、それはうまくいったのかなあ。 よく分りません。 もちろん読ませます(おもしろく読者を読ませなかったら作家とは言えない)が、彼が企図した(だろう)深さに達しているかどうか。

(彼の作品に出てくる女性たちは皆、結構素敵です。 男は押しなべて印象が薄い)
 

うん

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 6月 1日(月)02時33分58秒
返信・引用
  いやそんなに腹を立てているわけでもないけど、世間知らずだから驚いたんだよ。
なぬ、TVに設定が必要だ!??
 でも潔君、販売業者はともかくとしてメーカーはね、そりゃあ弛まざる競争社会・資本主義社会の中で凄ぇ機能をもったものを次々に作り出してくれる。 地デジは確かに画質が違うことは認める。 或いはTVのPC化。 でもそれは飽くまでも連中の都合だからね。 消費者からすれば勝手に新商品が出てくるのに踊らされるだけで、何も消費者が頼んだ訳でもないのだから(といっても僕は消費者を代表して言っている訳じゃあないけどね)メーカーが負担すべきものだ、と。 なんならその分価格に上乗せして、それを販売業者にお願いをするとかすれば、まあ消費者は実質設定料を払わされている形になるけど消費者からは不満は出まい、と。 その辺はメーカーと販売側との力関係が絡んでくるだろうから、業界内の話になってよう分らん。 ともかく何となく腑に落ちなかっただけ。

 でも「量販店」vs「町の電気屋さん」って話よくわかるよ。 塾業界などという怪しげな業界だってそうだもの。 駿台、代ゼミなどのビッグなところは置いといて、もっと小さいんだけどTVで宣伝するぐらいのことをする連中が、駅前でもない街場に進出してくる。 講師はみな大学生(我が娘も講師やったんだから文句は言えないけど) でも街の塾屋さんは、例えば高校生一人ひとりに英語プリントを作るとか(学校によって教科書が違う)、集団の授業でも殆ど一人ひとりのレベルに合わせてプリント作るとか、数学の解きかたの新しい方法を開発するとか(無論そんな余地は殆どないんですが)、殆ど殺人的な努力はしている・・・いずれにせよきめ細かくサービスをするしか仕方ない。 でも生徒はTVで宣伝する方へ流れる。
 

設定料

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月31日(日)19時45分21秒
返信・引用
  僕らは、ソフト業務と言ってます。人が動くということは当然お金がかかります。あったりめ~です。その辺を分業化したのが所謂「量販店」です。僕らのような ”まちの電気やさん”は このあたりが希薄だと言われています。誰にって、馬鹿な税理士やコンサルタント、はたまたメーカーの御用聞きにまで・・・
僕らは、いま圧倒的な量販店の価格志向で滅ぼされかかっています。旧来の商法。すなわち「ゆりかごから墓場まで」ではないけれど、「設置から廃棄まで」徹底的に面倒を見ることを先達たちから仕込まれました。経営学的には、無理、無駄の垂れ流しみたいなもんです。
朝早くから夜遅くまで、、、お客様のご要望の時間に合わせること。(量販店の店頭販売員はお客様の家など何処だかわかんないだろうね。)「あきんどって飽きずに仕事するから商人って言うんだぞ。」って先輩に言われました。「いやいや、あきらめないからあきんどさ。」っていう先輩もいました。そうした、無理や無駄みたいなもんの上に価格設定が成り立っていました。
今や、、、商売はビジネスって言葉に置き換わろうとしています。ビジネスって語った時に合理的って言葉になり、心を失うんですよ。その時の最大の被害者は・・・ 僕らじゃないですよ、まさおくんの言うところの弱者ですよ。自分は弱者じゃない自信があったら、ヨドバシへ行きなさい。ヨドバシで買ったんだから、メーカーや販売業者に腹を立てなさんな。選択ミスした己にこそ・・・(勉強したでしょう、今回は)
 

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月31日(日)10時59分19秒
返信・引用 編集済
  >タカミちゅわんだったら、鈍感なとこがあるから…
は、言葉不足でした。ゴメン♪…譬えるなら、タカミちゅわんは、彼の独逸が誇ったタイガー戦車みたいなところがあると言いたかったのです。タイガー戦車は、米国が誇ったM4シャーマン戦車の放つ75ミリ戦車砲の直撃を食らっても、ビクともしなかったし、搭載していた戦車砲は、なんと120ミリ。M4シャーマン戦車なんか、この120ミリ砲の直撃を食らうと木端微塵だった。一方、オザワチャンはと言うと、日本が誇った一式陸上攻撃機みたいだな、と。ボクはと言うと零式艦上攻撃機五二型(乙)みたいなところがあると。五二型(乙)は、一部木製布張りで搭載していたエンジンは500馬力(ちなみに、これに対抗する米国のグラマンF6Fベアキャットは2,000馬力)と軽量で、機動力に優れていたが、無理な宙返りをすると背中に皺(しわ)が寄ってしまった。武器は両翼に20ミリ機関砲が二門、操縦席前部に7.7ミリ機関銃が二門の計四門と貧弱だった。動物は、全てのチータが時速120キロで走ることができるが、人間は、重戦車から軽飛行機までサマザマ。物質文明の進化するスピードが早すぎると、尾いて行くことができない、人間が沢山出て来てしまう、と言うことを言いたかったのです。敵を知り、己を知る者は、百戦しても危うからずや…で、人間は人それぞれ、全て違うから、まず「己を知る」と言うことが非常に大切になる。しかし、チータが己を知る必要は全くない。
 

re:黙って仕様を変える

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月30日(土)12時43分43秒
返信・引用 編集済
  そうだだよ。今から10年ちょっと前までは、BASICと言うプログラム言語があって、その言語はFORTRUN(だったけかな?)と言うスーパーコンピュータ用プログラム言語用の入門版だった。FORTRUNに繋がっていると言うことで、入門版とは言え多くのエンジニアが使っていた。ボクも、BASICで一杯財産を作った。それが、1998年から突然使えなくなってしまっただ。…で、Windows95(NEC版)では、動作するもんだから、Windows95がヘロヘロになってくると、廃棄処分のWindows95を拾って来て、使える部品を取って、修理して、なんとか生かして来た。後継言語で、Visual BASICってぇのが提供されたもんで、ソフトを3万円も出して買ってVB化(Visual BASICに書き換えること)に取り組んだけど、さっぱり分からなくて、「明日やろ。明日やろ」と思っている内に、月日だけが過ぎて行った。それでも財産を残して、若い技術者にバトンを渡さなければと思って、Windowa95だけは保存してきた。最近、ヤケクソになって名古屋の企業の研究開発部の人達にタダで、Windows95をBASICプログラム込み込みで、くれてやった。…なんだか肩の荷が降りたような感じで、せいせいしたわい…最近のPCはフロッピーは使えないし、DVDだか?CD?だかブルーレイだか?ユーレイだか?何がなんだかさっぱり分からん。

ところで、こう言う物質文明が結晶化したものが、今、若田さんが長期滞在しているスペースシャトルだ。若田さんと一緒に、あそこに長期滞在してみたい人ぉ、手ぇ挙げてぇ!…ボクゥ?…ボカァ、あんな危険なとこには、絶対滞在したくない。…なんでぇ?…答えは簡単。ボクの中の野性の血が、危険だ危険だと警告を発して、ボクを行かせまいとするから。ボクは小さい頃、育ての親から「なんてお前は臆病な子なんだ??!!」とよく言われた。それ以来、ボクは自分が臆病で超ビビりだと思い込んで来た。ところが、棺桶に片足を突っ込むような歳になったもんで、自分の人生を振り返って見たら、ちっとも臆病じゃなかった(臆病な人間が、一人で警官と渡り合って、酔っ払い運転をチャラにして帰って来るかってんだ?!…ホー言えばホーだな、やい、っつう)ことに気が付いた。危険を察知すると、野性の本能が自動的に働いていただけの話だったのだ。テレビにしろ、宇宙船にしろ、あまり進化させ過ぎると、動物としての人間の進化が、それに追い付けなくなって、やがては死ぬえ(多分)。死因は、精神が破壊されたことに因ることになると思う。物質文明から最も取り残されてしまったアフリカ大陸へ行くと、躁鬱病患者ってほとんどいないだえ、知ってたぁ?若田さんがやったような特訓に次ぐ特訓をして、耐性をまとった者だけが、スペースシャトルに長期滞在できるだ。野性のボクなんかが、あんなとこへ滞在したら、二日目には発狂して死んでしまうわ?…オザワちゃんだったら、二週間は持つかも?…タカミちゅわんだったら、鈍感なとこがあるから、もっと持つかも?…あまりセンシィティブな人は持たないと思う。でも、どれだけ長く持つかの問題であって、一般人だったら、誰も二か月は無理ずら?…地上で使う超最新型のテレビだって、結構人間の精神を蝕んでしまう( ⇒ 異常に怒りっぽくなったり、鬱になったり、それ行けドンドンの躁状態になったりする)かも知れない。
 

そうですね

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月30日(土)03時19分17秒
返信・引用
  そうなんだよな、ブラックボックスですね。 僕はPCなんて中身の機構を殆ど理解していないのに日々操作している。 高校生が微分の意味を知らなくても、計算だけは習熟できるように。

僕のところの電波環境は、駅前に高いビルが建ったから地域に電波障害が起き、東急電鉄がその補償でCATVを引いてくれたんです。 もともとはBSのアンテナもあったから見れていたんですが、今はCATVを通じてしか見れない。 インターネットのプロバイダーも同じ業者らしい。

ヨドバシカメラが言うには、「設定には3000円(または5000円)掛かります」
すると連れ合いが僕に「あんた設定ぐらいできるでしょ」
 僕は内心「そんな面倒なことをするんなら、3000円なんて安いものじゃないか」と思ったんだけど、気が弱いから言い出せない。 そして連れ合いの話を聞いているうちに、
TVに設定料を払わねばならない事態に何だか腹が立ってきた。 そんなもんメーカーが負担すべきものじゃないか、と。 或いは販売業者が。 消費者が何故負担しなければならないのか?

それと話が繋がるかは分らないがPC業界って、黙って仕様を変えるんだね。 フロッピーディスク、あれって気づいてみたらなくなっていた。 消費者には何の説明もなかった。 機関長の言じゃないですが、僕等消費者は何だか騙されている気がする。
 

イイものが売れるとは

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月29日(金)11時04分29秒
返信・引用 編集済
  限らない。ケツが言ってたよね。つくづくそう思う。僕は、ベータが一番イイと思って、13万円も出して、その昔ベータを買った。しばらくすると、ヘボイ方のVHSが市場を席巻してしまった。しょうがないので、店頭見切り品のVHSを買って来て、取り説を読みながら、カミさんが独身時代に買ったテレビBと、みんなで見るテレビAと機種の違う2台のビデオを接続して、テレビAがちゃんと録画しているかどうか?をテレビBでモニターしたり、VHSで録画したものを、ベータにダビングしたり、当然その逆も可で、リモコン仕様ではなかったカミさんの古いテレビBをリモコン可能にしたりと、すげェシステムを作りあげた。…で、家族全員に操作方法の講習会を行い、全員が操作可能になった。近所の人が遊びに来ると、家族全員のテキパキとした、複雑なシステム操作に魂消ていた。ところが、最近のボクはと言うと、そう言うことには全く興味がなくなってしまったので、携帯電話もビデオの録画操作も洗濯機も炊飯器もレンジも掃除機も…、全く操作できなくなってしまった。

投稿タイトルの「イイものが売れるとは」なんだけど、最近のボクの興味は『エコ』…で、車の調査をしたりしてる。プリウスがリッター38Kmも走るとか??!!…スゲェっと思って、修理工場の奴に色々と質問してみたら、『一般走行』では、デミオが一番だよ、と言う。エェ~エッ?何それぇ?38Kmってぇのは、10・15モードでの話さ、と言う。益々分からなくなった。10・15モードって何ィ?…よく分からないんだけど…まぁ結論的には、プリウスは高速走行では燃費が悪いらしい。ボクなんか、18年もののビンテージカローラで、最近では、高速でリッター25Kmまで伸ばしてきたんだけど、どうやらプリウスではとうていその数字は出せないらしい。『一般走行』と言うのは、どうやら普段我々が、通勤や買い物に車を使っている状態を言うらしい。プリウスは『一般走行』で、やっとデミオ並みの数字が出て、25Km走れるようになったんだって。エ~エェッ??!!…今やボクは、その『一般走行』とやらでは、27Kmで走れるようになっているのに…なんで、デミオはあまり知られていなくて、しかも売れないんだ?!…要するに、販売戦略が上手いところは、マニアックになっていて、設定が難しかろうが、性能が悪かろうが、沢山売れちまうってぇことなのさ。一方、科学が発達し過ぎて、一般消費者が『真』と『偽』を見分けられなくなってしまったと言うこともある。電気関係の心臓部はブラックボックス化されてしまった。そのスタートが『電卓』。初めて、船舶職員になったころは、まだみんな電卓の計算結果を信用できなくて(確かに、信用できない部分もあった。⇒ sin30°= 0.4999 なんて結果を返してくるもんだから)手計算で、確かめていたなんて言う、ウソみたいなホントの話があった。その内に、段々、ボクらもブラックボックスに慣れてしまった。電卓が出る前は、ラジオの内部を見ると、ここから電波が入ってきて、ここで、同調させて、ここで増幅させて、ここから音が出ている、なんてぇことが目で分かったものだ。電卓が出現してからは、段々そう言うことが、一般消費者には分からなくなってしまった。

re:最近のTVどうしてああなの?
消費者が上手く騙されている(プリウスのように)ってぇことと、科学が発達し過ぎてブラックボックスが増えすぎた、と言う二つの原因があると思う。
 

現場を踏む。

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月29日(金)04時31分20秒
返信・引用 編集済
  松下幸之助が 「適利」ってことを言った。「暴利」でもいけない。「薄利」でもいけない。お客様に末永く安心して使用していただくためには、「適利」を得なさいと。

僕は、社員にも、できうる限り「現場」を踏みなさいと言っている。まさおくんの家の映像環境は、地デジが映らないんだよね。きっとUHFのアンテナが設置されてないんだろうと思われる。あるいはBSのアンテナがないのかな?だからCATVのモデムが必要となるんでしょうね。山奥で、ジイーちゃんバーちゃんを相手に商売している僕らは、機種決定に至る前に「現場」で話すから、設置と同時に美しい地デジを楽しんでいただいている。ジイーちゃんバーちゃんだけでなくとも・・・くるみマスターの家ですらプラズマを買ってもらったが地デジが映らない。アンテナ配線がシッチャカメッチャカ。息子どもの仕業。(まさおくんが年末に目覚めたときに、僕はその手当をしていたんだよ。ついでに犬の散歩もしてね。)

もちろんジイーちゃんたちも馬鹿息子に唆されて「ヤマダ」で買うことも多々ある。「ジャパネットたかた」から取り寄せちゃうことすら・・・ でもめげない。これはチャンスと思うことにしている。(悲しいけどね。)

たかがTVって思っちゃダメ。今はTVがパソコン化している。ネット接続でビデオオンデマンドが可能。YouTubeも蔦やもOK。NHKのアーカイブもOK。(この方向性には危惧してるけどね・・・)量販店の店員もこの辺は詳しい。されど現場には出向かない。その隙間で生きていのさ、残念だけどね。
 

オウ わが同志 潔

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月29日(金)02時54分34秒
返信・引用
  ところで同志潔君、最近のTVどうしてああなの?

諸般の事情により僕の寝室を、準居間にすることになった。 でブルーレイとTVとノートパソコンを買った(潔くんの店じゃなくてごめん。 全国のヨドバシカメラ店で店頭見本にしていた商品を、更に安く売るアウトレット店が川崎にあるんだよ)

たかがTVだよ。 買ってきてコンセントを差込さえすれば見れると思ったのに、パソコン並みに「設定」とやらをしなければ見れないなんて・・・(こんな夜におまえに乗れないなんて・・・) 未だ完全ではなく、地域のCATVのモデムをつけなければいけないらしい。 何て複雑なんだ! 別に潔君が悪いんじゃあないけれども。 山奥のジイちゃんバーちゃんが新しくTVを買ったって、見れるようになるまでに死んでしまうと思う。
 

割り込みご容赦

 投稿者:小泉です  投稿日:2009年 5月28日(木)18時23分53秒
返信・引用
  せっかく<形而上>の話で盛り上がっているのに・・・
報告だけ(笑)

昨日第1回盛況でした。
次回は6月24日(水)午後2時、茅野市図書館です。
よろしく。
 

まさお、心配するな。

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月28日(木)05時14分56秒
返信・引用
  俺も、同士だ。(^_^;)  

えっ

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月28日(木)00時52分0秒
返信・引用
  えっ、機関長そういうことしないの?

 そんなこと口に出すのは僕だけだと思うけど、口に出さずともみんなしていると思うけどなあ? さすがに、○○ちゅわんとか○○っつぁとか○○主人とか○○君とか○○くんとか○○長とか○○教授とか、名指しでは訊けないけど・・・

 仮に僕だけだとすると、ほ、ほ、ほんとうに乳離れしていないかも。
 

ン~ンム?!

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月27日(水)13時50分27秒
返信・引用
  オザワチャン気分を害したらごめんね。ボクんちには、母子家庭の猫が3匹(母親年齢不詳、長女1歳、長男1歳)が居候しています。メチャクチャちっちゃくて可愛かった長男はもう母親よりでかくなりました。人間に換算すると、17歳だそうです。この長男が、母親が昼寝をしていると、そォ~ッと近づいていって、オッパイを飲み始めます。しばらくすると、母親が、ナヌゥッ??!!ってな顔で目を覚まして、まるで「何やってるだぁ!イイ歳こいてぇッ!!」ってな感じで、後ろ脚でボカスカ蹴飛ばします。長男は、参ったァ、すみません、ゴメンゴメンってな感じで、逃げて行きます。長男は、メチャクチャ甘えん坊で、まだ乳離れできてないみたいなんですよ。も、もしかすると…オ、オザワちゃんも…?  

僕の好きなセッ○ス

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月27日(水)04時48分0秒
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  たまに女人とセッ○スをする。 僕はオッパイを吸ったり揉んだりもする。
しかし他の哺乳類は単に交尾するだけだ。 やつらはオッパイを吸う(または咬む)などの「無駄な行為」は一切しない。 生殖という観点からみればオッパイを吸うなどという行為は無駄なことだ。 僕等人間の男はなぜ無駄なことをするのだろうか?
 

八ヶ岳未来学会

 投稿者:小泉です  投稿日:2009年 5月26日(火)10時24分43秒
返信・引用
  ほとけにははやいか...そうだよな・・
まだ遣り残していることがあるからな・・いや、目の前に迫っていました

八ヶ岳未来学会の連続講演会2009『諏訪のDNAを探る』(茅野市図書館共催)を明日5月27日から毎月第4水曜日の予定で始めます。
八ヶ岳未来学会は茅野市図書館長に何かやってくれと頼まれ、何をやってもいいかと言ったらいいと言うので立ち上げたものです。
かつての諏訪未来学会(小島君や村木君に論文を書いてもらってシンポジウムもやったアレ)の八ヶ岳バージョンです。会員は縛りも会費も何にもない自由な会で、ぎいっつぁをはじめ講師や地元の方に会員になってもらっています。図書館長から講師謝礼・資料代はとってくださいということなので聴講者一人1000円を出し合って維持していきます。
講演者は友人の大学教授であったり芸術家であったり作家であったり、いずれも各界のユニークなプロフェッショナルで数年は走れそうです。(数年後は72回生ばかりだったりして・・)
第1回は演出家の奈良正博さんの話。来年1月に6部の五味嗣夫くんがやります。
毎月第4水曜日午後2時から茅野市図書館。
もちろん他市町村の方でも聴講自由ですので是非茅野市図書館へお出かけください。
講演は2時間。そのあと「くるみ」で講演者を囲んで茶話会を開きます。
事前申し込みなく直接図書館に足を運んでいただいてOKです。
講演会のあとのくるみ茶話会を恒例にしたいと思っていますので、ぎいっつぁ午後4時30分ころからお願いします。よろしく。
皆さんの参加をお待ちしています。
 

しかし

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月26日(火)04時23分43秒
返信・引用
  小泉が仏になるのは、いくら何でも早すぎる。  

ブロッケンの妖怪

 投稿者:小泉です  投稿日:2009年 5月20日(水)08時25分23秒
返信・引用
  これは虹の光輪
北アルプス八方尾根のブロッケン現象です
光輪のなかの仏は必ず見ている本人の姿・・・
すなわちわたしなんですね、これが(笑)
 

Re:二本の虹

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月20日(水)07時32分35秒
返信・引用
  僕も見たことがある。15年ほど前かな。松本城の庭で・・・(裏庭じゃないぞ)感動して脱糞はしなかったけど、、、写真は撮った。見つけたらアップするね。  

二本の虹

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月20日(水)03時06分19秒
返信・引用
  昨年のいつごろか、大きな虹を見た。 見事な虹でしかも二本だった。 ちょっとずらした感じでほぼ平行に掛かっていた。 近くの街を車を走らせていた。 あまり交通の激しくない通りを選び、うっとりと眺めながら走った。 ただそれだけの話です。
猿が、沈み行く巨大な真っ赤な夕日を見て脱糞した、という話を読んだことがある。 ほんとか嘘かはしらない。 何故か全く理由が分らないのに自然現象には感動させられることがある。 少なくとも僕には猿程度の感受性はあるみたいだ。
 

百年後

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 5月15日(金)00時32分3秒
返信・引用
  確かに茂木さんの文章というか、彼の本が百年後に生き残る可能性は少ないように思える。ただ、百年後に現在のような、少なくとも文字という形でアウトプットされた文章世界があればの話だけど。
というのは、彼が専門としている脳科学の分野なぞ、日進月歩はおろか秒進分歩という感じで推移しているから、内容面ではあっという間に古くなってしまうだろう。あと、彼の文章はというと、今はまだそれほどと思わないが、現在のような勢いで修行を積んでいけばもっと含蓄のあるものになるのではという予感はある。
しばらく前に話題なった「日本語が亡びるとき」の中で、著者の水村美苗は、これからの日本人が学ぶ古典として、明治から昭和にかけての日本近代文学を挙げている。様々な理由で、日本近代文学は非常に洗練された文章世界を、大量に生み出すことに成功した。読み応えのある、名文というのはどこにでもあるだろうけれども、数十年にわたってレベルの高い文章をこれほど大量に提供してきたのは、世界にもあまり例がないのではないか。
でもって、その日本近代文学が扱っている世界というのは、しかし驚くほど狭い世界のことではないかと思う。これとこれというほど自信はないけど、人間世界の○○と○○の領域というくらいなものだ。つまり、どんな文章が後世に残るかというのは、主題や内容ではなく、表現ではないかと思う。情報は時代と共に昔のものになるが、表現は人と共に残るものは残ると思うからだ。
 

re:認めたことになる

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月14日(木)10時35分54秒
返信・引用 編集済
  道路交通法で「違反を認める」とは、違反切符に自分でサインした瞬間なのだと学習したことがある。今から20年以上も前なんだけど、上田方面に営業に出ての帰り。和田峠の有料トンネルを出てしばらくすると、センターラインがオレンジから白に変わる。…(ただし、今はオレンジのまま)…ほぼ、オレンジから白に変わった辺りで、すぐ前のトロクサイトラックを追い抜いた。抜き終わった所に白バイがいて、サイレンを鳴らして俺を誘導した。追い越し違反(正式には、右側通行らしい)だった。営業中の交通違反は、上限3万円まで会社が負担してくれた時代だったので、素直に違反切符にサインした。その瞬間に、警官が「この違反に異議がある場合は、この紙の下に書いてある電話番号まで異議申し立てをして下さい。」と言った。「バカ野郎!そう言うことはサインする前に言え!サインしたっちゅうことは、違反を認めたっつうことになるじゃねぇか!違反を認めてしまった以上、異議申し立ても何もあったもんじゃねぇか!」と言ったら、切符の残りの空欄を埋めている警官の手がプルプル震えていた。「あれ?!…オメェ、手が震えてるぞ?…チュウキかぁ?…そんな手で白バイ運転したらアブネェゾ、大丈夫かぃ?」と聞くと、「い、いえ、大丈夫です。」と声まで震えている。「なんだ??!!…オメェ、声まで震えてるじゃねぇかい?…何かに怯えてるだかい?」…と言いながら、クマでもうろついているのか?と思って、回りを見回すと、山ん中には、俺と警官の二人きり…は、はぁ~ん?…コイツと殴り合いのケンカになったとしても、相手は機動隊で殴っても平気なような、重武装、こっちはスーツ姿、こっちが負けるに決まってる。…なのに、なんでこいつは、こんなに俺に脅えてるんだろう?…取り締まる側には、取り締まられる側には分からない、異常心理が働いていて、結構ビビって取締をしているんだな?と言うことだけは、理解できた。

で、対策なんだけど、
① 違反切符に、サインするのは最後の最後にして、できるだけ引き延ばす。
② とりあえず、屁理屈でイイから、ワァーワァーとまくし立てる。
③ ワァーワァー言いながら、相手の力量を測る。
④ 少しでもひるんだ様子が見てとれたら、一気に大攻勢に出る。
⑤ 今日の所は…云々…と言うようなセリフが飛び出したら
⑥ 「もう勘弁してくれ。早くこの場を立ち去ってくれ。」
⑦ と言う合図だから、矛を収めて、さっさと立ち去る。

以上です。
 

うん

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月14日(木)04時08分45秒
返信・引用
  猪瀬氏。 おぼろげな記憶によると、彼は皇室の軽井沢の別荘が西武鉄道と関係があるというような話で世に出てきた人だった。

彼が何をしたいのかが今一つ分らない。

道路の権力とか言って、道路族とか官僚機構の天下りの弊害を告発してはくれたけれども、彼が政府諮問委員になって現実に機構を変え得たかというと、そんなことはなかった。 それは彼の言葉が負けたということであろう。

言葉の世界でそれなりに名が知れた。 それだけでそれは凄いことだと思う。 しかし彼の言葉が百年先に残るかと言えば、どうだろうなあ。

同時代にいろんな言葉を読んでいて、俺は勝手に「あ、これは残る。 こいつは今をときめいているけど百年後残らない」とか思って楽しんでいます。

囲碁の世界で藤沢秀行が亡くなった。 60代でタイトルを獲った人だった。 ギャンブルに凝り、生き方が破天荒な人だった。 一昔前の「私小説作家」みたいな生活。 囲碁の世界で百年後にも語られる人だと思う。 その囲碁の世界に井山裕太という若武者が現れた。 幼稚園の頃ゲームで囲碁を覚えたらしい。 巨人の坂本みたいな奴だ。

言論の世界に話を戻す。 俺の勝手な独り言だけど、村上春樹は多分百年は持つと思う。
立花隆はすぐに消え去る。 村上龍の耐用年数は春樹よりは短い。 中上健次は結構残ると思う。 たまみちゅわんのお好きな、今をときめく茂木健一郎さんの文章は百年後には跡形もなく消え去る。

 夏草や つわものどのが 夢の跡

 坂本は、今後百年記憶に残る選手になるためには、想像を絶するような試練が待ち受けているかもしれない。 でもそんな選手になって欲しい。 囲碁の井山君も百年に一人の逸材みたいな雰囲気がある。 ヴェテラン(ベテランではなく、ごめん潔くん)の棋士たちが「この手変だよなあ、でも井山君が打ったんだから」とか言っている。 囲碁界では「井山の手」として畏れられている。 読みの深さが「神の領域」らしい。

 そういう訳でぎいっちゃん、猪瀬の文章は神の領域には達してはいない。
 

猪瀬

 投稿者:ぎいっつぁ  投稿日:2009年 5月13日(水)21時05分0秒
返信・引用
  猪瀬氏には、以前から気になっていて、本を読み始めたところだけどなかなか次に移れずに苛立っているところ。誰かコメントして欲しい。堕落だとは思ってないけど・・・。
何十年振りかでこの間スピード違反で捕まった。早朝の高速で覆面・・理吾にあらず。
 

ふるたくん

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月13日(水)20時20分37秒
返信・引用 編集済
  理は吾にあらず・・・ってことは僕も機関長も知ってるんだけれどね・・・そっ、習い性ね。助け舟ありがと。
ところで、、、猪瀬って東京都副知事の・・・? だとしたら、あの人は堕落だね。改革気取りの転向ジャン。
 

やんややんや

 投稿者:ふるた  投稿日:2009年 5月13日(水)10時12分59秒
返信・引用
  二人ともやったね 大喝采。 お互いに理がある場合反権力の側に立ってとりあえず木っ端に対しても官憲に抵抗するのは我ら72回生の習い性。後ろめたい思いの必要はさらさらねえよ。

官憲と言えばお庭で機関長が >じゅっ-ポツ-にぃ-いち-国際反戦デーをぉ~…&β$γ#*? なんて書き込みしていてつい先日やまなかけんの家に遊びにいったときに昔話で『やまなかおまえよー、10.21のころ中核のヘルメットかぶって理学部のガラスに石投げてみんな割っちまったろう』『いやあれは猪瀬がなげろっつうもんで石投げただけだ』なんだよいい加減な理由だな わはははと笑い合った。
 

おんなじことしてら~

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月12日(火)20時07分20秒
返信・引用
  下諏訪の高浜で、不安がよぎり、シートベルトをした。数秒後・・・官憲が、ピピピー!!で、「シートベルトをしていませんでしたね。」『おえ、おめーが俺にここへ誘導したときにはしてたよな。』「いや、その前です。」『その前もずっとしてた!!!』(っつうのは機関長と同じく・・・ウソ。)「どこから走ってこられました?」『下諏訪駅前から。』「直前にされたのでしょ。少し手前で警察官がしていないのを確認し、私に無線連絡が入ったので、停止していただきました。」『ところで、聞くけど撮影でもしているの?』「いやそういったことはしていませんが・・・」『見ていた警察は一人?』「はい、1名です。」潔君突然強気になって、、、『おえ、俺はしていたって言ってるじゃね~か。おめさんも(方言です)見ているじゃね~か。』「はい、確かに私が停止を命じたときはしていましたが・・・その手前ではしていないと・・・」『おもしれ~ジャンか。いいぜ、裁判でもやるぜ!』(なんせ、証拠が無い。それに確認した官憲はひとり。ここは強気で!!!)『おえ、どうするだ?裁判やる?』「あの、今回は厳重注意ということで」 やった!!!でもね、機関長、ここで喜んだら、シートベルト不着用を認めたことになる。(どこかの党首と一緒で突っ張るしかない。)『厳重注意とは何事だ!そもそも見間違えたのはおめー達じゃねーか。』・・・「お気をつけてお帰りください。」『よし!』 そのやり取りを見ていた婦警の視線が冷たかった。ニヤニヤせずに後ろめたい思いで逃げて帰って来た。トホホ・・・  

一旦停止

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 5月12日(火)18時09分8秒
返信・引用 編集済
  「止まれ」と書かれた標識のある丁字路を本線に進入しようとして突っ込んだら、警官がいた。ピピピピピー!!「こっちへ入って、一旦停止違反だ!!」…「バカヤロー何をこいてんだ!ちゃんと止まったじゃねぇか…(っつうのはウソだけど、止まったと言い張ることにした)…どこ見てんだぁ!!…俺はゴールド免許だぞ。20年も無事故無違反だぁ(捕まらなかっただけの話なんだけど)」…「じゃぁ、免許を見せろ」…「家に置いて来た」…「免許不携帯じゃねぇか!」…「ワリィ。が、しかし、ちゃんと止まった」…「止まってない」…「止まったわい」…「イイや、止まってない」…「バァ~カ!止まったわい。止まった、止らないは視覚的なもので、個人の視覚能力の差によるものだわい。何秒以上、止まれとかって決まってるだか?」…「いや?…そ、それは、決まってはいない」…「ほれ見ろ!…俺は、0.1秒間くらいは確実に止まってた」…「イイや、止まってない」…「バァカ、おめぇは目が悪いだ。俺が、0.1秒間止まってたのが分からねぇような目をしてるだ。ところで、てめぇらの給料は俺達一般市民の税金で賄われていることを知ってるだか?てめぇらは、何の経済活動もしてねぇんだぞ。100年に一度のミゾウユウの不況になったって、てめぇらの生活にゃぁ全然影響が出ないように、俺達がてめぇらの生活を保証してやってんだぞ。分かってんのか!!…てめぇらの使命は、一般市民の安全を守ることにあるだ。俺の事務所のそばには、ヤクザがいて、いつも違法駐車をしているが、『警察がちっとも排除してくれない』と言ってみんな怒ってるのを知ってるだか?一般市民に『止めた』だ『止めない』だなどと言って、言いがかりを付けてる暇があったら、まずあいつらを市から追い出してから、出直して来い!!」と、回りの人にもよく聞こえるような大声で騒いだら、「今日は、厳重注意と言うことにしてやるから、行っても良しっ!」と来たもんだ。…(ラッキー♪)…っと、内心ニヤニヤしながら、逃げて帰って来た。ハハハ…  

面倒なので、英語のまま

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月12日(火)02時57分17秒
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  Ancient Chinese problem.  Three farmers divide equally the rice they have raised in common.  They went to different markets where various basic weights were used, at one place 83 pounds, at another 110 pounds, and at the third 135 pounds.  Each sold as much as he could in full measures, and when they came home one had 32 pounds left, another 70 pounds, and the third 30 pounds.  How much rice had they raised together?

余りに関する昔からの民間伝承的クイズですが、割と奥が深く大ガウスも彼の有名な「高等算術(=ガウス整数論)」で取り上げています。 解き方が分っていても解く楽しさが減じないという稀有なる問題(定理)です。
 

Kの思い出

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月10日(日)05時49分9秒
返信・引用
  友人のK(もしくはM)は、僕らの共通の友人Kに「せん○り」をやらせた。 噴出したspermが天井にまで達するかどうか確かめたかったらしい。 僕は現場にはいなかったが、Kに聞いたところによるとspermは天井にまで達したらしい。 若いというのは、それなりに凄いことだ。 ああ、そんなK君も今頃僕と同じ58歳になって日本のどこかで生きているに違いない。 彼のペ○スはあの頃のように元気なのだろうか?  

Re:老化

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月10日(日)02時40分40秒
返信・引用
  いや正確な数字は覚えてないけど、人間の細胞だってどんどん入れ替わっていくんで、こと肉体に関して言えば確固とした「たまみちゅわん」なんてものないよ。 時間とともに変わっていく。 また性格としてのその人ってのを考えても、まあ幼児期の親子関係で原版が作られるけれども、その後の様々な人間関系で表面部分は多少変わる。 仏教じゃないけど、実体なんてものはないんじゃないですか。 実体って文法が要請するものに過ぎない。 次々に変わっていくからいいんじゃないですか。 ベーブ・ルース・沢村栄治・ルー・ゲーリッグ・スタルヒン・神様稲尾さま・フォークボールの杉下・がにまた打法の種田・極端なオープンスタンスだった八重樫・その他多士済々。 人は集まり人は散っていく。 だからこそいろんな個性的な選手が見られるのです。 例えば中日に落合選手がいつまでもいて毎年三冠王を取っていると想像すると、僕はそんなもの見たくない。
行く河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらずよどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて(その後なんだっけ)   世阿弥だって同じようなことを言ってるでしょ。

次々に若手が出てくるからこそ、楽しいのです。(たまみちゅわんはご存知ないだろうけど、巨人の坂本って選手僕と潔君とで育てているんだぜ。どうやって? それは秘密)
 

あれほど

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 5月 9日(土)12時03分27秒
返信・引用
  固執したプロ野球の結果に、このところあまり興味が湧かなくなっている。老化の兆候だろうか。まあ、それもあるけど、野球、いや野球に限らないけど、チームというのは何なんだろうと考えてしまうからだ。今年の中日で言えば、川上しかり、福留しかり、中村、そしてウッズと主力メンバーががらりと替わってしまった。チームという名前なんだけど、結局は一人一人の選手のプレーと言うことになるのではないか。僕の好きな中日ドラゴンズはどこへ行ったのか。そんな心境です。

この四月、生活状況がガラガラと変わり、ただでさえ落ち着かない春の一日を、さらに不安を背負い込みながら過ごしています。・・・潔君の言うとおりになるのも癪に障るけど、そうなりつつある悔しさ。

しかし、窓辺から眺める春の野はいかにも明るいね。
 

レパートリー

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月 9日(土)04時36分28秒
返信・引用
  レパートリーで思い出す。 きょうしろー君と話していた。 近くの音楽室からは女性合唱の静謐な調べが聞こえていた。 校舎の外では乾燥して気持ちのよい青空が広がっていた。 俺は「双葉のだれそれがかわゆい」などという幼稚な(?)話をした。 するときょーしろー君、「俺はanaさえあればいい」という驚くべき成熟した(?)言葉を放った。
未だに僕はそんな境地には至らない。

かと思うと、岡谷西部中学出身のTsunokawa君は、「おざわ、ちつってのは、肉づきにanaで成り立っているんだ。 凄ぇ漢字だと思わねえか?」とかなんとか。

ったく僕らは、いや僕は(いや、きょーしろー君やTsunokwa君は、)高校時代何を考えていたんだか?

潔君は、おのれの性欲に悶々とした日々はなかったですか? 僕はおのれの性欲に、中学時代以来ずっと振り回されて生きてきてしまった。
 

確かに

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月 8日(金)12時19分17秒
返信・引用 編集済
  マー君は、プロの世界でプロの打者と対戦しプロの指導を受け、フィジカルもメンタルも逞しく成長中。笑うとナンちゃんみたいな(うっちゃんの相方だけど知ってる?)コミカルな憎めない顔になるけど、、、吼えたときはいい面構えになったね。かたやハンカチ王子、大学野球の4年間は吉と出るか・・・ でも素材はすごいと思うよ。あの甲子園での決勝再試合の9回に150kを投げたよね。140kそこそこで試合を造り、、、ここぞの1球ははずさない。そんな斉藤君だから、プロでも順応すると思うよ。そう信じたいんだ。
話は変わるけど、ムーの解説では『イクジナシ』さんが、奥方だとか・・・レパートリーが広いね。少し安心。
 

bとv

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月 8日(金)02時50分13秒
返信・引用
  まあそんな区別することもないんだけど、中学1年生に英語なんか教えてて、スペリングを覚えてもらわないことにはどうしょうもないんだよ。 で、家でやらせるプリントなんか作ると、ボーイと(boy)とヴォイス(voice)を区別せざるを得ないのです。 batの「ア」なんか苦し紛れに「ェア」とかやっています。 だから職業病です。

ところでデビューってフランス語っぽいなと思って調べてみたら、果たしてそうでdebutでした。 だからあれはデビュー。 ラグビーはrugbyだからラグビーです。 まあでも外国語の音をすべてカタカナ表記できる訳じゃあないのだから、ボとヴォなんてこだわっても仕方ないか。

いや「いくじなし」の女性は別な人ですが・・・そういうと僕は何だか物凄く持てたみたいなイメージですが、全然大したことはありません。

えっとね、斉藤君ってね、プロに入ってもマー君ほどには活躍できないような気がしていて・・・(マー君は早くもプロでも指折りのピッチャーでしょ)・・・ならば、マー君と投げ合ったあの試合の姿を冷凍保存しておけばいいかな、と。
 

やったぜ、まさお

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月 7日(木)15時55分4秒
返信・引用
  昨晩のナイターは、焼肉屋で観戦した。(なじみのおっさんに『カルビ3人前、、、盛りは4人前。』って注文したら、本当に4人前来た。)8回の裏のスンちゃんの不甲斐なさに怒り心頭。『オリンピックでしか打てね~だかや。』毒舌を吐き、焼肉に専念。突然アナウンサーの絶叫。「打った~!!!坂本~サヨナラだ~!!!」 すでに坂本君は2塁を回っていた。照れくさそうに・・・ ヒーローインタビュー(ウに点々は嫌い。)の涙も爽やかだね。今年の坂本は体の軸がぶれていない。独楽のようにクルリと回転する。(阿部仕込らしい。)背番号6ってのも期待の現われ。(東野の17もいいね。)今年は、3割30盗塁30本塁打を目指してほしいな。
ところで、まさおくん、連れ合いって『いくじなし・・・』って言った人?いいじゃん、ハンカチ王子の21勝目を応援に行くなんて首都圏に居なけりゃ出来ね~んだぜ。ラグビー(ウに点々にはしないの?)見物も素敵ジャン。 今に『意地悪・・・』って言われちゃうぜ。本の虫さん。
 

やったぜ、潔

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月 7日(木)02時42分9秒
返信・引用
  やっぱ俺たちが育てただけあって、坂本はやってくれるね。
インタヴューの笑顔のさわやかのこと。

楽天でデヴューした新人投手も(まー君よりは年長みたいだけど)初々しくてよかった。

日曜日、連れ合いに大学野球観に行こうと誘われた。 わざと寝坊した、俺はそんなもん観たかねえんだもの。 連れ合いは更にエスカレートして娘がラグビー同好会のマネージャーになったので、ルールも何もかもしらないくせにいそいそとラグビー見物にまで出かける始末。

女性に偏見はない方だとは思うけど、思わず女の考えることは分らねえ、と呟く。(やはり、女などという言い方をしてはいけないかな。 連れ合いの考えることは分らん)
 

来た、来た、来た、来た~!

 投稿者:藤森 潔  投稿日:2009年 5月 3日(日)15時37分31秒
返信・引用 編集済
  昨晩、近藤夫妻が岡谷の別荘の管理に来られました。急遽「くるみ」に召集され、楽しく歓談。その際・・・「小沢は元気?」と質問されましたが・・・「野球の話でちゃちを入れてこね~な。変だな。」と語りあったばかりです。ムーが「今日の巨人VS阪神は、坂本が2本ホームラン。藤川から。」なる情報を・・・「そっか! 坂本君が・・・実は坂本はまさおと俺で育てているんだぜ。」と・・・訳わかんないことを口走り。。。
由伸なんてどうでもよい! とは非情ですね。やはり巨人のライトには「由伸」だよね。原采配がマジックのように語られているけど、ホントは由伸が 5番に入らねばね。トップバッターで昨シーズンは期待にこたえたようだが、、、5番、5番。腰に爆弾を抱えてるけど 「由伸復活」 頼んだぜ!
 

あのさあ、潔君

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 5月 3日(日)00時13分18秒
返信・引用
  慶伸(字はあっているかな?)どうしちゃったの? 全然出ていないようだけど。 二岡も仁志(字はあっているのかな?)も清水もいなくなってしまった。 高橋君もどこかへいっちゃったんですか? ヨシノブ、上原いなくても巨人は好調なようですが。  

家族サービス

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 5月 2日(土)09時09分46秒
返信・引用
  というような概念というか、言葉そのものは一体いつ頃から生まれたのだろうか。構成員の5人が、それぞれ別なところにすみ暮らしていては家族もないものだが。テレビでは○○キロの渋滞などと伝えている。そこまでしてどこかに行かなくてはいけないものなんだろうか。
いや、行ってはいけないなどと言っているわけでは決してない。体力、気力、財力、時間、その他諸々が許されている御仁よ、しっかり家族サービスを。・・・この前片付けものをしていたら、息子の小学校時代の日記が出てきた。判で押したように「今日は○○をしました。」と言う日記であるが、毎日書き、ある程度たまると家族の年代記に近いものになる。20年ほど前の今頃、「家族サービス」で北陸かどっかに行ったことがごくシンプルに綴られていた。家族サービスって、思い出作り?
五月晴れ、数年間使った書斎というか本置き場を母に明け渡して、がらんどうに近くなった洋間で、独りごちるゴールデンウィークの初日。
 

一年という体験を何回体験できるのか

 投稿者:コーイチメール  投稿日:2009年 4月30日(木)23時35分31秒
返信・引用
  稲を作る人、農業では同じ作物を一生にせいぜい60回くらいしか作れない。だからいつも農業は新しい挑戦だと聞いたことがある。
我々も還暦近くなり、花爛漫の春をあと何回経験できるのだろうか?ウグイスのさえずる春を何回迎えられるだろうか?と考えると同じような一日の積み重ねの一年だが珍品、貴重品である。明治の人間より情報が多いからといって、濃密な人生を過ごしているわけでは無い。ただの騒音の中にいるだけではないか。残り少ない人生の挑戦チャレンジの機会を大切にしよう。チェンジを心がけよう。
 

アシュリーちゃん

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 4月30日(木)10時15分34秒
返信・引用 編集済
  通常の人間の10倍のスピードで老いて行く病気がある。病名は忘れた。この患者の平均寿命は13歳だとか?アシュリーちゃんは、この病気になってしまった。何度か、テレビで特集が組まれて報道された。とてもじゃないが正視することができない容姿だ。この子がイイことを言う。感心すると同時に畏敬の念を持って、特集番組を何度か見た。…最近、この子が17歳で死んでしまったと言う話を聞いた。…ショックだった。寝ても覚めても、アシュリーちゃんのことばかり考えていた。…そんなとき、ある宗教家の詩が目に止まった。

ただ存在するという事実に
驚くべきではないか。

そこには
誰も成り替われない
唯一の必然が隠れているのだから。

ただ生きているという事実を
讃えるべきではないか。

そこには
決して過去から導けない
新しい未来が息づいているのだから。

生命とは
もとより
思量を超えた現象である。

外なるものを凌駕して
内なるものが顕現する
秘められた力の奔流である。

アシュリーちゃんに重ねてもう一度…

ただ存在するという事実に
驚くべきではないか。 (そりゃぁもう驚くなんてもんじゃないですよ)

そこには
誰も成り替われない
唯一の必然が隠れているのだから。 (だとしたら?…救われるなぁ)

ただ生きているという事実を
讃えるべきではないか。   (そりゃぁもう讃えるというより、畏敬の念ですよ)

そこには
決して過去から導けない
新しい未来が息づいているのだから。 (へぇ?…そうなの?)

生命とは
もとより
思量を超えた現象である。 (確かに…人智を超えたものも感じますよ)

外なるものを凌駕して (アシュリーちゃんの 容姿 = 外なるもの は ムゴカッタ)
内なるものが顕現する (アシュリーちゃんが語ることばは、心の琴線に響いた)
秘められた力の奔流である。 (確かに…)

アシュリーちゃん、御苦労さま♪…そして、ありがとう♪
 

Re.衣食足りて

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 4月30日(木)00時20分2秒
返信・引用
  生来のへそ曲がりが高じて、最近は文章もくねっている感じで自分でも何を言っているのか分からなくなります。で、これはコーイチ君にお返しなんだけど、確かに理想の生き方を探ると言うか求めていくことが最終的には大事なんだろうけど、そういう考えに至るまでにも人は何がしかの糧がいるということで、現在はそれすらもままならない人もいるのではと思ったのです。ちょっと素直でない書き方をしてしまいました。

前の投稿で、「普通の生活をしていく上では英語を使うことはほとんどない」というようなことを書きましたが、若干訂正の必要がありますね。それは現在の日本には多くの外国籍の人が居住していて、彼らとコンタクトを取るのには英語が、あるいはそのほかの外国語ができた方がいいし、使わなくてはならない場面も飛躍的に多くなっているように思う。現にマサオ君などは毎日英語を話しているわけだ。ただ、それだけのためにこれから行われようとしている小学校からの英語学習があるとしたら、その結果は要路の方々の最初の意図とは全く違う結果をもたらすのではないかと危惧している。すなわち、小学生段階から中途半端な外国語を教えることは、母国語も外国語も中途半端な、またものを考えるときの基本が定まらない国民を多く輩出させてしまうのではないかと思う。こういった施策の結果は、近い将来に出てくるという性質のものではないだけに恐ろしいのだ。

コーイチ君の挙げてくれた「逝きし日の面影」という本は、以前東京は神田の三省堂書店で求めました。僕は、江戸時代の日本人と明治時代の日本人が違うように、明治の日本人と現在の日本人とでは、ほぼ同じ言葉を話すと言う点を除いては、全く違う民族?ではないか、少なくともそう考えた方が当たっているのではないかと思っています。そういう意味では「逝きし日」というのはまさにその通りではないかと。彼らが持っていた肉体からメンタリティー、あるいは身体化した様々な行動様式というようなものは、本当のところは我々には分からなくなってきているように思います。一つだけ例を挙げれば、明治時代の10年と現在のそれとでは、情報の伝わり方を取ってみても、何十倍、何百倍の違いがある。だから彼らを基準にして、例えば道徳のあり方などを考えていくときはかなり留意する必要があるのではないかと思います。
 

Re:解説してもらうとありがたい

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 4月29日(水)02時47分48秒
返信・引用
  終止形ってことだと思います。
もう一つおもしろかったのはいわゆる上一段活用と下一段活用の動詞は、全て「る」で終わるんですね。 初めて知りました。
英語話者からみると、日本語の動詞の活用は驚嘆するほど規則的に見えるらしい。
彼曰く「-iru, -eru で終わっていない動詞は自動的にuを落として活用させればいい」
要するに彼は5段活用の動詞のことを言ってるんですが、そして iru, eru (上一、下一)は
ruを落として活用させればいい、と。(子音活用と母音活用という言い方をしていました)
逆に5段活用の動詞でも、例えば「切る」「喋る」のように、-iru, -eru タイプがあるのだが、それらは例外として記憶するらしい。

僕も、正法眼蔵と教行信証は岩波ワイド文庫を持ってんだけど、余りの難解さに放ったらかしたままになっている。 小学校1年生が、漢字の多い中学生の教科書を読むような感じだった。
 

衣食足りているのに礼節を知らず

 投稿者:コーイチメール  投稿日:2009年 4月28日(火)19時57分17秒
返信・引用
  「衣食足りて礼節を知る」というのは、食料も、食も無い発展途上国の話で、今の二本ほど裕福な国は歴史上ない。戦前の日本は、むすめを女郎に売らねばならない農家もあった。
たかみ君の言う、「難しいのはほとんどの人はそこまで到達することなく、老いさらばえてしまうことなのだ」。
とは、物質的に満足できる人が少ないと言うことですか。
現在、渡辺京二著 「逝きし日の面影」という本を読んでいますが、江戸末期の日本を体験した外国人の手記です。そこには、貧しいが、豊で、礼節を守り、いつも賑やかな笑顔の日本人が描かれていて驚きます。経済的には苦しかったかもしれないがそこに本当の人間性があるように思いますが、いかがでしょうか。
聞かん超の言うように、仏教特に禅宗の問答は面白いものがいっぱいあります。一休さんのとんち問答みたいです、たとえば、両手で手をたたいて、今のは右手の音か、左手の音か?というのもあります。ものにとらわれない、「空」の世界を目指す禅宗ならではの事と思います。こんな事を追い求める生き方もいかがでしょうか。
 

re:正法眼蔵

 投稿者:のうほうく丸機関長   投稿日:2009年 4月27日(月)22時52分16秒
返信・引用
  だったか?法然の話だったか?忘れてしまったが、仏教って意表を突くような話が飛び出してくるよね?…法然(だったか?)の弟子が、徒党を組み、町を荒らしまわる野党盗賊の類を、上から目線で見下して、軽蔑の眼で見下して、馬鹿にしたようなことを言ったら、「ざけんな!!(と言ったかどうかは知らないが…)お前は、野党盗賊の人生を呼び寄せなかっただけだ。連中とお前の間には、何ら差はない。」と言ってるんだよね。仏教哲学っつうだけあって、仏教に出てくる話には、深イイ話が多い。  

Re.絵に描いた餅

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 4月26日(日)11時26分55秒
返信・引用
  コーイチ君が頑張って投稿してくださっているので・・・。
確かに餅を一つ二つ食べただけでは、まだ即座に飢えの状態を将来してしまうというのはその通りだと思う。だからといって、最初から絵に描いた餅を押し戴いても、それはそれで食えないやつじゃということになるのではないか。やっぱりはじめは本物の餅とできれば多少の飲み物と、それを注いでくれる妖艶な(これは人により様々)美女と暑さ寒さを凌ぐ邸宅とそのような生活を持続させてくれる幾ばくかの銭がいるのではないかと思う。で、難しいのはほとんどの人はそこまで到達することなく、老いさらばえてしまうことなのだ。
コーイチ君、修行の道はかくも厳しい。
 

多読術

 投稿者:たまみちゅわん  投稿日:2009年 4月26日(日)11時13分29秒
返信・引用
  休日に久しぶりにまとまった時間が取れたので、新書一冊読み上げる。松岡正剛「多読術」(ちくまプリマー新書)というやつ。4月10日が初版なのに手にしたのは第2版、4月20日刷りというもの。
読書論はよく目にするし、手にとって読むことが多いけれども、これなどは一番頷くことが多かった。ただ、言い回しというか正剛さん独特の術語多くあって、ここで言われていることはこういうことなんだろうなと推察しなければいけないようなところがいくつもあり、再読、三読の必要を感じている。読書とは、著者と読者とが本を介在させてする編集行為(正剛さんはそんな言い方をしていないが)であるということが朧気に見えてきた。それで、本を読むということをそのように考えると、今まで雑然としていた自分の読書生活が少しばかり整理されて、人生の中での意味づけも少しばかり変わってくるような気がする。この少しずつ意味が変わってくると言うところが大事なんじゃないか。(少しオーバーに言えば)そこに今日一日を生きていく意味があると思っている。

“kara”についての話、面白かった。といっても日本語の部分についてだけど。
 which takes a final form のところは解説してもらえると有り難い。
<分析的に述べよと言われても困る
 というのはその通りだと思う。というより、言葉そのものが、分析的というかこの言葉はこういう意味で、この言葉はああいう意味だというようなことは、我々が言葉を覚えてからかなり経って、学校という施設に強制的!に入る過程で、教師から教えられる、あるいは辞書に書かれていることから初めて知らされるのであって、それまでにある単語なら単語について、我々はおおよその意味をそれまでの言語生活の中で身につける、別の言い方をすれば、使えるようになっている、と言った方が当たっているからだ。その言葉がどこでどんな状況で使えるかの説明は二の次で、まずは使ってしまうというのが正解だと思う。
でもってそんな使い方が許されるのはかなり幼少の時期であって、学校へ入ってからは間違った使い方をすれば周囲の笑いを取ることで、自身それを悟ることになる。少年期以降に外国語を学ぶということには、本質的に難しさがついて回ることになる。だからといって幼少期から外国語を学ばせたらということにはならない。現在の日本で、普通の生活をしていく上では外国語を必要とする場面がいくらもないからだ。せっかく努力して身につけても、遠からず使えなくなってしまう。あるいは日本国内だけで通用するブロークンな外国語が氾濫するだけではないかと思うんだけど。
幼少期の外国語学習とは逆に、高校生以降の外国語学習はさらに徹底する必要があるのではないか。それこそ計画的に留学させて国際的に通用する日本人を大いに生み出してほしい。

とは、何の因果か知らないが、この春より外国語を取り入れなければならないプライマリースクールのティーチャーの困惑を慮っての発言でした。
 

kara

 投稿者:まさお  投稿日:2009年 4月26日(日)04時27分35秒
返信・引用
  外人向けの日本語文法の本を読む。 karaについて、こんな記述があった。
kara     meaning “after.”  Do not confuse this with kara meaning “because,”  which takes a final form.

昼食を食べてから出かける       昼食を食べたから満腹だ

僕ら日本語話者は、そんな注意を与えられなくても意味が混乱することはない。 前者は「後」の意味だし、後者は「理由」になる。 考えることなく瞬時に分る。 なぜそうなのかを分析的に述べよと言われても困る。 言語の意味とは、それがそうであるとしか説明できない。 説明するという行為が説明されるべきことを使用せずには不可能だから。

生とは言語の見る夢である(ウィトゲンシュタイン)とはよく言ったものである。
 

絵に描いた餅は、飢えをいやせない?

 投稿者:コーイチメール  投稿日:2009年 4月23日(木)23時44分33秒
返信・引用
  これは、「画餅不充飢」と書いて絵に描いた餅では飢えはいやせない、役に立たないとのたとえです。
ところが、道元禅師はこの「画餅」の概念を『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』において全く逆の解釈をして見せたのです。
実際に食べられる餅は、その時は飢えをいやすことができる。しかし、すぐに飢えはまたやってくる。物質を追い求める限りは、餓鬼道の世界を抜けられないと考えたのです。
魂の求めるものは、絵に描いた理想、空の極意であると解いています。
私流に考えると、物質、かね、名誉など追い求めている限りはこれでよいという事は何時になってもやってこない。
理想の生き方を探し、どう生きるべきかをしっかりと持つことが、心の安定、幸福への道ではないかと思っています。
この文は22日に一度投稿したのですが失敗したようです。ので再投稿。
 

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