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Re: 明けの明星!

 投稿者: 天草愛一郎  投稿日:2017年 6月24日(土)19時46分35秒
返信・引用 編集済
  高Sくんさんへのお返事です。

魴鮄(ホウボウ)という魚は愛嬌のある顔してますね。
確かにホウボウの下顎辺に星が見えます。
明けの明星(金星)を啓明というとは知りませんでした。
4時10分、日の出前、天空には金星だけだったんですね。
珍しい写真だと思います。

それでは、天草愛一郎の珍しい写真をご覧にいれます。
先日、横浜に行ったときの写真です。
 
 

明けの明星!

 投稿者: 高Sくん  投稿日:2017年 6月23日(金)06時06分16秒
返信・引用 編集済
  年をとったからか、早寝早起きになりました。
特に今朝は、混沌の夢が覚め4時前に起きてしまいました。
早暁の緑道を歩いていると小鳥はもう元気な声をあげています。
うすら明るくなった夜明け前の空には星ひとつ見えませ・・・
いや、東天にひとつだけ輝いてる星がありました!
明けの明星(啓明)の金星です。
スマホで撮ってみましたのでアップします。
タップして魴鮄の顔のような雲の下顎辺りを引き延ばしてご覧ください。
写真下は魴鮄によく似た金頭(昨年の郷友会釣り大会でゲット)
【4:10撮影】
 

Re: 家系図つくりませんか

 投稿者:稲◎君  投稿日:2017年 6月20日(火)22時50分40秒
返信・引用
  実名 勝木さんへのお返事です。

なんと13代目とは…、
脈々と続いてきたその壮大なDNAの旅…さすがに九州は歴史のある血脈ですね。
しかもご長寿遺伝子お持ちのようです…。
遠いご先祖様を辿る旅も江戸時代を軽く遡りますね。(@_@;)
それぞれの生きた時代、それぞれの家族と営々と紡いできた日々の営みの重さに、頭の下がる思いがします。

私は、北海道3代目、3代目と父に言われながら育ちました。
祖母は、三男五女を産み育てましたが、現在 稲◎家を名乗る男子は、私の息子(20歳)たった一人です。
ちょっと、大誤算…油断してました。もう後の祭り~かもしれませんが…。
(健康に育ってくれただけで、花丸100点

今を生きる私たちが、ヒーローです!!!
先日、六本木ヒルズ展望台 東京シティビューに息子と行ってきました。
時代が創造したヒーローの世界「マーベル展」が、
6月25日(日)まで開催中のようです!
何か新しい風に吹かれて、心地よく帰ってきました。
気分だけ、スーパーヒーローです!?!?!?

花丸花丸花丸花丸花丸花丸花丸花丸花丸
> 私の実家は兄が継いで13代目です。叔母さん(百寿)や父の従妹(90歳)が健在でお盆に10代の孫・ひ孫会を行います。
> 昨年Hand In Hand で帰省した折、兄がカレンダーの裏に書いていた物をパソコンで処理しています。
> EXCEL表の縦・横幅を調整しまとめて居ます。親戚の高齢化や分散でルーツの整理が難しいです。興味のある方は整理してみませんか?
> 私が小学生の頃は、13軒と親戚付き合いしていました。正月・お盆・お祭りにはお互いの家に挨拶に往き来していました。
> 現在は4件のみになりました。血縁が無くなった為です。
>
> それで、どうにもなりません。皆さんが満足されるかどうかです。

http://www.tokyocityview.com/marvel-exhibition/attractions.html

 

家系図つくりませんか

 投稿者:実名 勝木  投稿日:2017年 6月17日(土)20時57分48秒
返信・引用 編集済
  私の実家は兄が継いで13代目です。叔母さん(百寿)や父の従妹(90歳)が健在でお盆に10代の孫・ひ孫会を行います。
昨年Hand In Hand で帰省した折、兄がカレンダーの裏に書いていた物をパソコンで処理しています。
EXCEL表の縦・横幅を調整しまとめて居ます。親戚の高齢化や分散でルーツの整理が難しいです。興味のある方は整理してみませんか?
私が小学生の頃は、13軒と親戚付き合いしていました。正月・お盆・お祭りにはお互いの家に挨拶に往き来していました。
現在は4件のみになりました。血縁が無くなった為です。

それで、どうにもなりません。皆さんが満足されるかどうかです。
 

Re: 姓の由来

 投稿者:実名 勝木  投稿日:2017年 6月17日(土)20時41分52秒
返信・引用
  稲◎君さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。
私の実家は兄が継いで13代目です。お寺の過去帳もあり明確です。
お盆に10代目の孫・ひ孫会をすることになり、資料を整理しています。
何年の歴史か明確になれば北海道や天草の「勝木」さんとコンタクトしたいと思っています。
NETでは色々の情報が得られますが、もう少し平民レベルの情報集めをして報告します。




> 実名 勝木です。さんへのお返事です。
>
> 大変興味深く読ませていただきました。
> 私の父は、日本人の名字の由来や珍名さん、珍しい漢字の読み方などにとても興味を持っていたらしく
> 88歳で亡くなるまで、生涯こつこつと学び続けていました。(本人は、研究のつもりだったようですが…そういう書物にお金を惜しみませんでした…)
> 生前、九州の豪族に「勝部」さんという人がいて「かつべ~からきている」とか言っていたことがあります。父も酒好きでしたから、名字の由来や珍名さんの話で盛り上がったかもしれませんね。
>
> 父母の葬儀の際にお世話になった 渡部(わたべ)さんという人は、長崎県出身らしく、北海道に渡部(わたなべ)さんは、結構いるのにわたべと読む人は少ないから、子孫を増やして、子子孫孫まで渡部(わたべ)姓を増殖させるべく、18歳の時に来道したと壮大な話をされていました。
>
> また、勝木さんという苗字は、札幌では、有名な実業家の方がいて、従兄の結婚式の媒酌人でした。
> 札幌の実家近くで こんな看板が目に留まりましたので、UPさせていただきます。
> (※電話番号も表示されていますので、何かの折にご先祖のルーツを伺ってみてはいかがでしょう?)
>
> 以前同僚に 香月(かつき)さんという方がいました。京都の方で札幌のジンギスカンは、一口も召し上がりませんでした。ちょっと雅な方でしたから…。
> 同じ発音なのに感じが違いすぎますね。
> 日本人の名字の由来や珍名さんの話は、面白かですね。
> 酒 酒 酒 酒 酒
>
> > NHKで毎週木曜日19;30から日本人の名字の由来や珍名さんの特集をやっています。
> > 先週は「牛」さん等でした。私は日本で少ない名字と思っていたら、なんと天草にありショックでした。しかしそのお家とは交流がありません。機会が有れば訪ねてみたいと思っています。
> > 番組によりますと、街中で売られている印鑑は約1万種類で日本の名字の93%網羅しているそうです。残り7%に珍名があり数十万あるそうです。最近勝木の印間は何処ででも買えます。
> > 私は栖本町です。まず勝木の姓の由来について・・昔殿様が来られ、牛か馬にアブ(ブヨ?)が纏わりついていたそうです。先祖は近くから木の枝を折って来て、そのアブを叩き殺したそうです。お殿様から困っていた虫を殺してくれた褒美に名前を「勝木」と名前を授かったそうです。たいした功績と思いませんがね。
> > 母は佐世保の生まれ台湾育ち佐世保と往き来、結婚する前父から聞いたと小さい頃話してくれました。ははの旧姓は松田です。(NHKによると徳川時代になり、褒美として名前を授かったとの事です)
> >
> > 栖本町には天草一大きな河内川があります。河内小学校の時は、大河内・中河内・下河内の3地域に分かれて対抗戦等行っていました。
> > 大河内は山の中(老岳の麓)で殆ど「松本」と名乗っていました。 松の木がおおかったのでしょうか? 中河内で大河内に近い処には、末松の姓が多いです。
> > その下流に沿って田圃がおおくなり、吉田や渡辺・早井等がありました。
> > 下河内には 勝木が3 、吉田 10 梅田 3 樫原 5 その他 吉田さんは国会議員もおられましたが、裕福な家でした(良
> > 吉い 田だった)
> > 中学校の同級生には「猪原」姓が数人いました。今は猪が作物等荒らして困っているのですが、昔は猪の原っぱが認められていたと信じられません。(豚だったのでしょうか?)その他、原田・金田・前田・鶴田・尾田・安田と田のつく名字が沢山あります。
> > 皆さんも名字の由来について自分の事、近所の事を考えてみませんか? 何になるか?何にもなりません。酒のさかなになるかも??
> >
> >
> >  追伸 6月15日は上・中・下さんの由来が放映されるとの事、上田さん・中田さん・下田さん、 上山さん・中山さん・下山さん等が出てこられるのでしょう。楽しみです。
> >
 

Re: 姓の由来

 投稿者:稲◎君  投稿日:2017年 6月16日(金)23時23分44秒
返信・引用
  実名 勝木です。さんへのお返事です。

大変興味深く読ませていただきました。
私の父は、日本人の名字の由来や珍名さん、珍しい漢字の読み方などにとても興味を持っていたらしく
88歳で亡くなるまで、生涯こつこつと学び続けていました。(本人は、研究のつもりだったようですが…そういう書物にお金を惜しみませんでした…)
生前、九州の豪族に「勝部」さんという人がいて「かつべ~からきている」とか言っていたことがあります。父も酒好きでしたから、名字の由来や珍名さんの話で盛り上がったかもしれませんね。

父母の葬儀の際にお世話になった 渡部(わたべ)さんという人は、長崎県出身らしく、北海道に渡部(わたなべ)さんは、結構いるのにわたべと読む人は少ないから、子孫を増やして、子子孫孫まで渡部(わたべ)姓を増殖させるべく、18歳の時に来道したと壮大な話をされていました。

また、勝木さんという苗字は、札幌では、有名な実業家の方がいて、従兄の結婚式の媒酌人でした。
札幌の実家近くで こんな看板が目に留まりましたので、UPさせていただきます。
(※電話番号も表示されていますので、何かの折にご先祖のルーツを伺ってみてはいかがでしょう?)

以前同僚に 香月(かつき)さんという方がいました。京都の方で札幌のジンギスカンは、一口も召し上がりませんでした。ちょっと雅な方でしたから…。
同じ発音なのに感じが違いすぎますね。
日本人の名字の由来や珍名さんの話は、面白かですね。
酒 酒 酒 酒 酒

> NHKで毎週木曜日19;30から日本人の名字の由来や珍名さんの特集をやっています。
> 先週は「牛」さん等でした。私は日本で少ない名字と思っていたら、なんと天草にありショックでした。しかしそのお家とは交流がありません。機会が有れば訪ねてみたいと思っています。
> 番組によりますと、街中で売られている印鑑は約1万種類で日本の名字の93%網羅しているそうです。残り7%に珍名があり数十万あるそうです。最近勝木の印間は何処ででも買えます。
> 私は栖本町です。まず勝木の姓の由来について・・昔殿様が来られ、牛か馬にアブ(ブヨ?)が纏わりついていたそうです。先祖は近くから木の枝を折って来て、そのアブを叩き殺したそうです。お殿様から困っていた虫を殺してくれた褒美に名前を「勝木」と名前を授かったそうです。たいした功績と思いませんがね。
> 母は佐世保の生まれ台湾育ち佐世保と往き来、結婚する前父から聞いたと小さい頃話してくれました。ははの旧姓は松田です。(NHKによると徳川時代になり、褒美として名前を授かったとの事です)
>
> 栖本町には天草一大きな河内川があります。河内小学校の時は、大河内・中河内・下河内の3地域に分かれて対抗戦等行っていました。
> 大河内は山の中(老岳の麓)で殆ど「松本」と名乗っていました。 松の木がおおかったのでしょうか? 中河内で大河内に近い処には、末松の姓が多いです。
> その下流に沿って田圃がおおくなり、吉田や渡辺・早井等がありました。
> 下河内には 勝木が3 、吉田 10 梅田 3 樫原 5 その他 吉田さんは国会議員もおられましたが、裕福な家でした(良
> 吉い 田だった)
> 中学校の同級生には「猪原」姓が数人いました。今は猪が作物等荒らして困っているのですが、昔は猪の原っぱが認められていたと信じられません。(豚だったのでしょうか?)その他、原田・金田・前田・鶴田・尾田・安田と田のつく名字が沢山あります。
> 皆さんも名字の由来について自分の事、近所の事を考えてみませんか? 何になるか?何にもなりません。酒のさかなになるかも??
>
>
>  追伸 6月15日は上・中・下さんの由来が放映されるとの事、上田さん・中田さん・下田さん、 上山さん・中山さん・下山さん等が出てこられるのでしょう。楽しみです。
>
 

天草(龍ケ岳)出身の料理長

 投稿者:ごほんガゼ  投稿日:2017年 6月16日(金)14時29分24秒
返信・引用 編集済
  熊本×中国料理!ハイアット リージェンシーの「熊本料理祭」
東京ウォーカー 6/9(金) 19:03

コース料理で“熊本の味”を堪能できる「熊本料理祭」
8月1日(火)から10月2日(月)までの期間、ハイアット リージェンシー 東京の「翡翠宮(ひすいきゅう)」では、コース料理で“熊本の味”を堪能できる「熊本料理祭」を開催する。

「熊本地震で被害を受けられた方々のために“食”を通じて支援していきたいという想いを込めた」という「熊本料理祭」。熊本県・天草出身の同ホテル中国料理長 林浩勝(ひろかつ)氏が、深い知識と高い技術を活かし、今回、熊本の食材と郷土料理を散りばめたコース料理を作り上げた。「熊本の味を中国料理にアレンジしてコースにしました」と林料理長。

ディナーコース(1万6632円)は全8品。一文字ぐるぐる、天草豚、豆腐の味噌漬けなど、熊本県の美味をさまざまなスタイルで届ける「オードブル盛り合わせ」からスタートする。この盛り合わせは熊本城の瓦に見立てた黒い皿で提供。焼き鴨にデコポンのソースをかけた一品はちょっぴり甘めで、さわやかな味わいだ。

その後、熊本の保存食“干し筍”を使った「あわびとなまこ、干し筍の醤油煮込み」、熊本県産の車海老や白身魚をスパイシーに味付けし、香ばしく揚げて、あおさを散らした「車海老と白身魚のスパイシー揚げ」、熊本県産のあか牛を、ハレの日に飲まれる「赤酒」をアクセントに仕上げた「熊本あか牛とトランペット茸の炒め 赤酒の香り」など、豪華なメニューが続々と登場。からし蓮根をイメージした「からし風味の蓮根入り水餃子」は、ピリッとした辛さがアクセントになった、カラシ色のユニークな一品だ。

また、ランチコース(7128円)では、熊本県のローカルフード“太平燕(タイピーエン)”からインスピレーションを得たという鯛のスープ「鯛とあおさ入り濃厚なとろみスープ」など全7品を提供。ディナー、ランチ共にデザートも付き、熊本の食文化にたっぷり触れることができる。

地元を知り尽くした林料理長ならではの創作メニューを、この機会にぜひ堪能してみては?【ウォーカープラス編集部/Raira】
 

天草五橋全景

 投稿者:報道カメラマン  投稿日:2017年 6月16日(金)09時30分4秒
返信・引用 編集済
   前天草市長のコメントを読み皆さんにお知らせします。

 昨年9月のHand In Hand時 全景を撮りたくて色々探しました。
千厳山の駐車場の右上の山の休憩所の大きな石の上から撮りました。
1号橋は写真右奥大きな山の下白く見えます。
5号橋は一番手前に少し赤色が見えます。3号橋は真っ直ぐで見え難いです。
 

前天草市長安田公寛氏の書評

 投稿者:ごほんガゼ  投稿日:2017年 6月15日(木)23時09分56秒
返信・引用 編集済
  前天草市長「安田公寛」氏の書評。
総合雑誌「KUMAMOTO」No.19
<書 評>
「地方創生に駆けた男」
天草架橋・離島振興に命を賭した 森 國久

森純子 段下文男・編著

郷土の偉大な政治家、森國久の地方創生

安田 公寛(前天草市長)

    少なからず地方政治に関わって来た私には、まるでストレートパンチを顔面に受けたような衝撃が走った。これまで読んできた政治関係、特に地方自治関連の書物に書かれていることが空虚な理論に帰すような思いになった。
    私は恥ずかしながら、今日まで 60 年前の天草に森國久という崇高な人格者、偉大な政治家が活躍していたことを知らなかった。ポピュリズム(大衆迎合政治)が横行する昨今の地方政治において、私たちが忘れかけている大切なことを教えて頂いたような気がする。私は何もポピュリズムが悪いと言っているのではない。所謂ポピュリズムは、直接選挙で選ばれた首長が民衆に寄り添い、民衆の声を聞いて施策を展開していく、ある意味優れた民主主義であると思うのだが、今は大切な何かが欠けているように思える。それは首長の確固たる政治理念と 100 年構想(長期ビジョン)と広い視野ではないだろうか。本書は、そのことを彼の村長としての短い 10 年間の政治活動を辿りながら現在の地方政治のあり方に対する警鐘として綴っている。森國久の政治の原点が地域愛、天草を愛する心にあったことは言うに及ばないところである。しかもその愛、心が普通ではないところに彼の偉大な政治家としての一面をみることが出来る。彼は「地方が豊かになれば日本が豊かになる」「健全な町村の確立が日本再建の土台である」という強い信念、政治理念を持っていた。したがって、彼の地域愛は天草を超えて全国に繋がり、とてつもなく大きく熱くなっていったのである。天草だけが貧困から脱却すれば良いとの思いだけではなく、全国の離島や地方の弱小町村にまで思いを馳せていた。全国離島振興協議会副会長、離島振興審議委員としての奮闘は正に地方創生運動そのものだったと言えよう。彼は夢を実現する政治的技量と強い政治力を持っていた。天草架橋の実現のためには離島振興法の適用を受けることが何よりも必要であり早道であると察すると、それに向かって邁進している。その適用を勝ち取るや、島民と共に一人1円献金運動を起こし気運を高め、郷土の政治家と連携して国を動かし、着工にこぎつけていく。同時に、架橋後のことを見据えて島内の道路網の整備に取りかかるなど常に先を読んでいる。また、未来の天草の地域振興を考えていち早く天草の政治組織改革にも取り組み「天草はひとつ」の合い言葉のもと、力の結集を諮っている。理路整然たる企画、その実行力たるや見事であり学ぶべきことばかりである。しかし、その当時彼の主張した2市 13 町を1市にする「天草特別市制」は残念ながら実現していない。それは後世の私たちに残した宿題だったのかもしれないと思っている。
本書では彼の業績、功労については主に熊日等の地元紙や天草新聞、天草民報、みくに新聞等の小さな地域紙の報道記事を基にしている。特にその当時の地域紙の充実した紙面、それぞれの主宰者の論評は鋭く時代を表現している。著者はそれを資料として天草アーカイブズに求めて巧く編纂している。
私は嬉しいことに今回本書に拙文を寄せるご縁を頂いた。今、改めて本書のカバー写真、セピア色の森國久と向き合ってみた。天草松島の青い海に架かる赤い5号橋をバックに笑顔で立っている彼には優しさが漂っている。小さな町で先進的な政治を実践した政治家が私に語りかける。「町村に自治ありや」「君には 100 年先が見えますか」「政治は政治家による政治運動であってはならん。住民との同意と一体が必要である」等と。
せめてあと 10 年、生きて欲しかった。島民に惜しまれながら 48 歳の若さでこの世を去った郷土の偉大な政治家、森國久。本書のお陰で私たちは何とか彼に会うことが出来た。著者の森純子さんと段下文男さんに心から感謝したい。

*実は、安田氏の父上「安田祖龍」氏は森國久と天草中学時代からの知り合いらしい。
 

Re: 姓の由来 -2

 投稿者:実名 勝木です。  投稿日:2017年 6月15日(木)21時42分17秒
返信・引用 編集済
  > No.1977[元記事へ]

私の家の姓は、勝木に成る前は、川上等の名字じゃなかったのかな?
 河内川の支流 宗土岐川の一番上に家はあります。 そして殿様から名前を授かったので稀な名字(勝木)が誕生したのでは?
今日の放映を見ていてそんな気がしました。詳しくは分かりません。



> NHKで毎週木曜日19;30から日本人の名字の由来や珍名さんの特集をやっています。
> 先週は「牛」さん等でした。私は日本で少ない名字と思っていたら、なんと天草にありショックでした。しかしそのお家とは交流がありません。機会が有れば訪ねてみたいと思っています。
> 番組によりますと、街中で売られている印鑑は約1万種類で日本の名字の93%網羅しているそうです。残り7%に珍名があり数十万あるそうです。最近勝木の印鑑は何処ででも買えます。
> 私は栖本町です。まず勝木の姓の由来について・・昔殿様が来られ、牛か馬にアブ(ブヨ?)が纏わりついていたそうです。先祖は近くから木の枝を折って来て、そのアブを叩き殺したそうです。お殿様から困っていた虫を殺してくれた褒美に名前を「勝木」と名前を授かったそうです。たいした功績と思いませんがね。
> 母は佐世保の生まれ台湾育ち佐世保と往き来、結婚する前父から聞いたと小さい頃話してくれました。ははの旧姓は松田です。(NHKによると徳川時代になり、褒美として名前を授かったとの事です)
>
> 栖本町には天草一大きな河内川があります。河内小学校の時は、大河内・中河内・下河内の3地域に分かれて対抗戦等行っていました。
> 大河内は山の中(老岳の麓)で殆ど「松本」と名乗っていました。 松の木がおおかったのでしょうか? 中河内で大河内に近い処には、末松の姓が多いです。
> その下流に沿って田圃がおおくなり、吉田や渡辺・早井等がありました。
> 下河内には 勝木が3 、吉田 10 梅田 3 樫原 5 その他 吉田さんは国会議員もおられましたが、裕福な家でした(良
> 吉い 田だった)
> 中学校の同級生には「猪原」姓が数人いました。今は猪が作物等荒らして困っているのですが、昔は猪の原っぱが認められていたと信じられません。(豚だったのでしょうか?)その他、原田・金田・前田・鶴田・尾田・安田と田のつく名字が沢山あります。
> 皆さんも名字の由来について自分の事、近所の事を考えてみませんか? 何になるか?何にもなりません。酒のさかなになるかも??
>
>
>  追伸 6月15日は上・中・下さんの由来が放映されるとの事、上田さん・中田さん・下田さん、 上山さん・中山さん・下山さん等が出てこられるのでしょう。楽しみです。
>
 

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